離したくないのにまた来夏である

 夏もいい加減終りである。夏っ娘、夏大好きおじさん達には淋しい時期だと思うが私は内心いい気味である。どんな季節であろうといよいよ俺の季節ですからねなどと季節の私物化を謀る人間は不快である。ともあれ夏は終わった。

 夏の終りという物に意識的になったのは十代の初めの頃であろうか。多分東京12チャンネルの日曜の夜のバラエティー番組を茶の間でぼんやり観ていたのである。当時中学生の私は夏休みも終りいよいよ始まる新学期に頭を悩ませていた。そのウンザリ感は毎週日曜の夜に元気が出るテレビのエンディングテーマが流れた時のだるさの10倍か。高田純次が手拍子そながら舌を出し、川崎徹がペコリと会釈した時点で明日からまた学校だあと床にふせって半泣きする苦しみの約10倍である。 

 その時の番組は特番だった。どこぞのホテルのプールでタレントの卵やらコンパニオンやら総勢百名ほどのお姉ちゃん達とB&Bがくっだらないゲームに明け暮れるだけの内容だった。が、エンドロールが流れる中で画面は相変わらずB&Bとお姉ちゃん達のじゃれ合いが続くのに効果音楽は物悲しいのだ。編集者の狙いだったのだろう。当時人気の八神純子門あさ美系の女性ボーカル(でも多分無名)によるドセンチメンタルなバラードが流れる中で子供のように無邪気にはしゃぎ回るB&Bとお姉ちゃん達の姿。中学生の私は心を打たれた。これぞ夏の終りだと。それ以来夏の終りになるとあの日のB&Bの姿が目に浮かんでしまう。淋し。並びに芸能人水泳大会のエンディングも淋しく空しい感がある。途中で勢いまかせのオナニーをすませていたからか。いや中学時代に限らずと誌を重ねるごとにあの類のバラエティーは観れない。最近では24時間テレビも観れない。イベント的なものは全くダメ。そもそもがお祭り嫌いなんである。

 そんな私でも去り行く夏にお前までいっちまうのかよォと泣きすがりたい夏物が唯一ある。コンビニの冷やしラーメンである。やはり塩。冷やしラーメンの歴史は浅い。つい最近になって現われた感がある。冷やし中華と違って夏しか適価でだせぬ食材など使ってないから一年中売ればいいものを売らない。冷やしラーメン用のクロワッサンなガラス丼と箸は所持している。こうなったら自分で作って一年中食ってやろうかと思っている。私一人のエンドレスサマー。9月の雨の中を今夜もチュルチュル。BGMは言わずもがなの。