日本は妖怪吹き溜まりなんである

 ところで家主は古本屋であってその筋の事情にも詳しいと思う。最近じゃどんなブツに人気があるのよなどと私もその筋に片足突っ込んだ気になってエイチに問うた。が、近頃じゃこの業界に売れ筋なんぞ特に存在しないと言うのだ。つまり中古レコード屋の壁に飾られた2万円強ものビニール盤的なカルトは今時流行らないらしいのだ。メジャー、マイナーを問わずと言うかまるっきし無視してその場その時に直感的に読みたくなった古書。それをネットを頼りに買い求め競争者が現われれば懐具合と相談しながらせり落として入手する。その際払った金額は、言わば競売に勝ち抜くための軍事費であって本そのものの価値とは別もの、何にせよ手に入ってよかった。と言ったところがその筋の現状らしいのだ。ではもう以前のようにセコハンショップだけの大物アイドル、伝説のグループなどは存在しないのかと言えばそれに近いものは時折現われるらしいのだ。

 つまり「お魚天国」のようなどこでどう転んだのか知れぬ品が忘れた今に注文が殺到するような現象が古本業界にもあるというのだ。大方テレビでドラマ化されたか有名タレントが雑誌で絶賛したかと思えばそんな気配は無い。無いのになぜかある時一斉にその書籍が今急に読みたくなったがどうすれば入手できるか、という亡霊のごとき群衆の念がネット内を駆け巡る例がいくつもあるらしいのだ。ではその書籍が何か今だから探り当てたいドラマ性を含んでいるかと言えば全然含んでいないという。自殺したばかりの往年のアイドルの全盛期のタレント本を会社帰りの中年サラリーマンがネットで買い求めるのならまだわかる。が、そうした彼らが買い求めるのはなぜかワニブックスから出版された石野真子の「恋のキャッチ・ボール」だったりする。今なんでこんなものに人気が集まるのか事情は全く飲み込めない。エイチも今ではそこまで気をまわさないようだ。株屋と同じ心境で上がったものは上がったのだと割り切り素早く対処していかねば商売にならないのだろう。勿論ある日突然石野真子の再評価が始まろうとファン以外は静観していれば良いことかもしれない。

 が、やはり私にはそうした小ブームの正体とやらが気になる。もしくは正体なき小ブームの存在が。小ブームには勿論仕掛けがあって食物連鎖的に購買欲を子から親へ、受付嬢から取締役まで数珠つなぎに雪ダルマ式にあおる大魔力があるのだと言われれば私はそうだったのかと思ってしまう。仮面ライダー龍騎の造型と人気のハロゲンヒーターが共に今年市場に現れたことに連鎖性は無いのか、勿論あるのだ、狙いだとも言われればやはりそうかと私は納得してしまう。納得してしまってもハロゲンヒーターも買えず、安酒で暖まろうとして共同便所に行き倒れている有り様だが。だがそうした企業の誘い水の成功、不成功の話題はどうせプアな私には興味はあまり無いのだ実は。私が本当に心乱されるのは、世にはびこる小ブームの中にはごくわずかだろうが全く仕込み抜きのお化けな流行が混ざっているであろう現実である。きっとあるのだ。誰の差し金でもなく突如注目されてしまったガラクタ芸人や幻の俗書は。それらはやはり妖怪の仕業と思ってよいのではないだろうか。だとすれば早急に手を打たねばこのままでは東京は大混乱だ。政府はアメリカに救援を申し込むべきである。敵の妖力(妖怪にしかない力)は計り知れないのだから。ところで私の少年時代の夏休みにはお昼のワイドショーがあり、心霊特集があり、水木しげるがいた。視聴者から送られらた怪奇現象に関する投書を元にした再現ドラマに解説を加える水木しげるを観て小学生の私は本気で家族らに問いかけた。

「今、しゃべってるのは何て妖怪?」