私がオシメ替えてやったんである

 ここ四、五年の現象として古書業界の売り手にも買い手にもごく若い普通の女性が参入してきていると聞く。本当にそうみたいだなと私も実感する。古本街に足を運ぶのはそう多い方ではないが神保町の古書ビルの狭い階段ですれ違う若い女の娘達はひと昔に比べればはるかに普通である。普通とはつまりその余り気持ち悪くないということである。具体的には現役時代の増田明美みたいじゃないということ。この人最近良く出るけど作家?政治評論家?と言われていた頃の田嶋陽子みたいじゃないということ。イカ天バンドのマサコさんやよしだぶきみを想わせないということ。実際にはこの写真の何倍もお婆ちゃんのはずだけど逃亡生活ウン十年でこの一枚が最近影なのね。それにしても充分フケた女子大生だよなと思わせる70年代の極左暴力犯の指名手配写真みたいじゃないということ。ひと昔前に古本街ですれ違う若い女子にはきっと何かやってる風な空気がただよっていたのだ。が、昨今古本街ですれ違う女子は違う。普通の女の娘達だ。

 普通の女の娘達が古本街でどんな古書をチェックしているのかまでは私は知らない。が、同時に不思議に感じたのは前述したひと昔前の普通じゃない気持ち悪い女子達の姿がめっきり減ったということ。彼女たちは何処に生活のテリトリーを移動していったのだろうか。古書を買い求める立場から売る立場へなどとも夢想したがそれも違うようである。古本街の古本屋で働く若い女子もまた変わってきてるようなのだ。小劇団に迷い込んできやがった素性の知れぬ結構いい年のやっぱり気持ち悪い女というのが以前の古本屋の女店員のイメージだったが今は違う。小劇団なりにも注目されかかっている劇団の中で小粒ながらも光っている女優といった感まで洗練されているのだ。実際舞台に立っているのかもしれない。立ち姿も良いから。不健康じゃないのだ。

 私は古書業界に働く若い女子に昔ながらの不健康さを取り戻して欲しいとは思わない。ただ、なんだかジェラシーを覚えるんである。人並み以上に健康でキュートながら70年代アングラ文化などとヒッピー父母から変な英才教育受けてて寺山も鈴木いずみも俺なんかよりズッと詳しいんだろうなと思うとムズムズするんである。今初めて負けました。芥川賞のあの二人にせよ坂本美雨にせよ実際足元にもおよばねえだよと屋台でくだまきたし。親子二代か。どんなにくっだらないアングラカルチャー、素人芸でも二世代目には新品同様のいぶし銀化するものらしい。そう思うとおぼんこぼんの娘達さえ恐ろしくなって。