もう何も覚えていたくないんである

 日劇で開催中の―日劇文化とATGの時代―にて岡本喜八監督の「肉弾」を初めて観た。以前に蛭子能収の漫画の中で、青春時代に通いつめたパチンコ屋には台の調子が悪いと上から「どうかしました?」と顔をのぞかせるお姉ちゃんがいてそのお姉ちゃんが「肉弾」の大谷直子にそっくりで……。と、いう一節に出逢い、「肉弾」はきっといい映画なのだろう。特に大谷直子がいいのだろう。高橋洋子の「旅の重さ」みたいにこの一本があって今があるみたいな、なっと思っていたのである。

 勿論大谷直子は良かった。が、主演の寺田農も素晴らしかった。この映画に出会わなければ私にとっての寺田農はバブル期には自身のAVレーベルまで持っていた助平なオジサン俳優でしかなかっただろう。が、大谷直子同様に青春期に才能ゆたかな監督らとガチンコ全力疾走した「肉弾」のような作品を残せたからこそ今があるのである。このようなコレを観てなきゃ本当にしょむないよごれ芸人で片づけられてしまうベテラン達は今の時代益々多いだろうなと思う。若い時代の全力疾走を今の若者に知られていない。東京の下町の私電を途中下車して商店街の人々に親しげに話しかける割に、顔はアブラギッシュで怖い中高年俳優としてしか今の若者には認知されていない。関係ないが二週間ほど前に池袋で快楽亭ブラックを見た。

 それで話の続きだがそうした代表作、出世作に後から出逢ってまるで見直してしまった俳優が私にはもう一人いて、それは「青春残酷物語」の川津祐介である。学生時代に旧文芸座で初めて観た若き日の川津祐介はショッキングであった。ボクシングで鍛えた肉体も張りのある声もこの人があの人なのか。今世間を騒がせているあの人なのかと。その当時はもう地味なオジサン俳優であった川津祐介は地味なくせにインチキダイエット本の著者として批難轟々スキャンダルの渦中にいたのだ。悪い人なんじゃん。怖い人なんじゃんと思い知らされたその頃の川津祐介輝ける青春期を見てしまった私の胸中は複雑であった。今はああいう人になっちゃったけど昔は良かったんだなァと腕組み歩くその当時の文芸座付近にはまだささきつとむの店があった。

 「肉弾」のラストシーンで戦争時代からタイムスリップした「現在」は昭和42年の夏である。ほとんど私の生まれた当時の日本の芋洗い状態の海水浴場。こういう海をまだ何となく覚えている世代だろうか。浜辺に提灯は無数にぶら下がっていても良いものと思っている世代。赤白黄のストライプ。アサヒビールか何か。そして足元にムードンコ