やる気満々日曜日なのである

 演劇というものを随分観ていないかしら。一番最後に観たのが本多劇場に初めて出た時の拙者ムニエルの初日だったか。流れの速い世界ではもう遥か昔のことになるのか知らん。演劇を一番観ていた時期のことをつらつら思い起こしてみる。と、ある時期には前評判も友人からの義理も無い全く無名の劇団の舞台を通りすがりにぷらりと観るということを確かしていたのだ。十中八九金をドブに捨てる行為といえる。そしてそのようにして観た舞台の全てがどうしようもないものだった。
 しかし同時期に同じ様にして無名の劇団の舞台をウロチョロ観ていた家主のエイチは私と違う。ルイード時代の尾崎豊を追っかけていただけでも今じゃなかなかどうしてと思うが、演劇に関してのアンテナも私よりはずっとマシであった。スラップスティック調のお笑い劇団に名を連ねていた無名時代の上島竜兵もキャッチしていたそうな。まだ売れていないというだけで他のヘボ役者とは当時から雲泥の差があったとエイチが語る若き日の上島竜兵を私も観たかったと思う。私ひとりでウロチョロ嗅ぎ回った二十年近く前の東京の演劇シーンなぞ今この場に引っぱり出しても何の値打ちもないと思う。
 が、エイチに誘われて出かけた舞台の中には歴史的価値のあるものが思えばある。亀和田武エスコート役の舞台中継番組がその昔TBSで放映されていて、私とエイチはスタジオ見学に出かけたのだ。舞台中継といってもTBSのスタジオに舞台を組みパイプ椅子を並べた今にしてみれば前時代的なバラエティ番組であった。そしてその日の参加劇団が、東京サンシャインボーイズだったのだ。
 核ミサイルらしき不審物が平和な東京の下町に突然姿を現してから始まるドタバタ喜劇であったが完成度は今イチで客席はシラケていたような。終演後にシラケた客席から亀和田武がシラケながらも代表であるまだウラ若き三谷幸喜にマイクを向けた。「例えばあなたの身の回りに今日の舞台みたいな状況がきたらどうだろう」という亀和田の質問に「いやァ、真っ先に死んでるんじゃないでしょうかね」と答えた三谷幸喜がこの日一番シラケていた。
 そもそも30分のバラエティ番組の枠に小劇場の舞台をパックする企画自体に無理があるのだとその場に居合わせた誰もが納得して帰った妙に忘れられぬ夕暮れ時であった。が、考えてみればTBSはいつまでたっても余り変わり映えのしない小劇場シーンに金をドブに捨てるような企画を立て続けてるなァと今頃気付いた。新世紀にも似たような「舞台中継番組」が観られそうな予感が私はする。