おおきいことは物悲しいことである

新文芸座黒木和雄監督追悼特集にはなるべく通ったが客層が年輩中心なのがちょっと気にかかったような。去年の成瀬巳喜男特集のように若い映画学校生風の観客はほとんど集まらなかった。成瀬はテキストとして通過しておいたほうが良いと判断しても黒木和雄はパスということなのか。新宿ゴールデン街ノリがテキスト化なるかならぬか昨今の学生には微妙な所なのか知ら。別に今後の邦画界に黒木チルドレンと呼べる新人監督が皆無であろうとも仕方のないことかも知れないが。
ロビーにて『とべない沈黙』のサントラは入手できるのかと係員に問う年輩客を見つけた。『とべない沈黙』の音楽は山本直純である。黒木和雄はこの次いつ再評価されるかわからないが山本直純ってそろそろ来るのではないか。もしかしたら日本の音楽界で最も偉大な人物になっていたかもしれないのにチンピラ並の不祥事から立ち位置を失った幻のビッグショット、山本直純山本直純の伝記映画なんて今観てみたい気もする。ローリングストーンズになれなかった男よりも私には興味深いのだが。
 世代的に山本直純が日本の音楽シーンを牛耳っていた頃もハレ物にさわるように孤立させられていた頃も私は知っている。テレビ朝日(だったと思うが)系列の日曜の朝の音楽番組『オーケストラがやってきた』での何かふっきれたかのような脳天気な司会振りも印象深い。あの姿は自分のような屈指の天才音楽家がなぜにこんな営業を押しつけられているのか。天才音楽家になぜに運転免許が必要なのか。マスコミがデコレーションしたインチキ野郎的なイメージを逆利用させてもらっているがその実俺のどこがインチキだというのかと。俺の音楽を聴いてくれ。インチキかと。他の同年代の作曲の大家と比べてくれと。インチキかと。俺の音楽が一番インチキかと。あんたらの民度が低すぎるんじゃないのかと。交響曲ったら『巨人の星』しか思い浮かばないのと違うかと。OK、いいよと。
 そのような物悲しい開き直りの果てのあのハチャメチャ司会振りを今一度観たい気がするのだ。山本直純の伝記映画が観たい。主演男優は誰がいいだろう。黒木和雄監督作品の常連、原田芳雄か。風貌だけなら桑野信義ブラザートムなど多々思いつくのだが。「天才」を感じさせる凄味があってそれがたまらなくユーモラスでもある個性の持ち主となると。ホーキング博士のようなあの味。とてつもないレベルの才能を持っているのは誰もが認める所だのに同時にイロモノ的役割も背負っていたあの御方にこそ今哀悼の儀を。