ひさぐ春などクモの巣だらけである

1月22日、神保町シアターにて「文芸映画特集Vol.1 中村登と市川菎」、『惜春』(67年松竹)を観る。神保町シアターへは初めて。古本屋街の真ん中にはアンバランスな渋谷系のオシャレな劇場だが客層はオールド中心。何というか冥土のみやげにといった感がなくも。文芸映画というジャンルがそもそも冥土のみやげ的かとも。
中村登が本作を撮った年に私は一歳。実りある一年だったと言えよう。それに比べて今現在の一年、二年の経過のタレ流し振りたるや。私にとっても平岩弓枝原作『惜春』は充分冥土のみやげ足り得るかとも。舞台は上野池之端。老舗の糸屋の主人が急死すると跡継ぎ争いが残された腹違いの三姉妹の間におきる。三姉妹はさして憎み合ってはいないが主人に離縁された次女、三女の母親であり主人の愛人だった年増女があの手この手で店の権利をいただこうとする。
その性悪年増が森光子。才女で職人肌の長女が新珠三千代、ボケ役の次女が香山美子、おキャンな三女が加賀まりこなのだが。三人姉妹のこのキャラクター付けって他の映画やドラマでも何度か観てるような。何か有名な古典文学に元ネタがあるのかもしれない。などと書くのは無知丸出しか。チェーホフかなんか。チェーホフぐらいは知ってるのかと言われると余計立場がないが。そんなフルチンな観客は会場で私一人か。
昭和四十年代の平岩弓枝ワールドに興味を持つ若者は今どのくらい居るのか。加賀まりこの小悪魔キャラにおののくのは今の若者ではないだろう。むしろ私の世代に近い層か。今時の若者にアピールするといえば森光子かとも。ジャニーズの年末イベントに登場するあのおばあちゃんが40年前の映画でこんな極悪振りを演じていることにギョッとするのではと。森光子の中年期にはこうした汚れ役が案外多い。人生の裏街道をなりふりかまわず図太く生きてきた遊女といった。そうしたイメージとタケヤ味噌のCFや『三時のあなた』の司会とは正反対のような気がするが。裏街道で図太くやり抜いた見返りにそうした陽のあたる役ももらえたのかとも。
ただジャニーズのイベントでヒガシの隣に立つ森光子が少しブルってるのはいかにも被害妄想である。会場の少女たちがヒガシに近寄るなとヒスってたのはもう昔の話で今時のジャニっ娘はヒガシなら持って帰るがよいと考えている。ヒガシ世代の私としてはそんな森光子が痛々しいのだ。そんなヒガシに奥歯がきしむのだ。終わった、終わったんだ。終わりましたけどそれが何か。この日会場一笑いを取っていたのは藤岡琢也のズルむけ社長役。