あの人はポコポコヘッド世代である

前々からちょっと読みたかった四方田犬彦の『ハイスクール1968』が文庫になったので早速入手。タイトル通り60年代の終わりに始まった著者の高校生活を赤裸々に綴った半自伝的小説である。ビートルズゴダールの映画に熱狂しつつ学園闘争にも首を突っ込むエリート学生のややデンジャーな青春期か。なるべく当時の空気を感じながら読みたくなって『プレイガール』のDVDを観つつ一気読みしたが。
本書の中で決定的な出来事と思えるのはロックアウトした教室から同志のために食料をかき集めに出かけた著者が約二時間半後に戻るとバリケードはその同志たちによって解体されていたというくだりか。その気になっていた自分を放って尻をまくってしまった同志たちには失望して学園からも一時期離れたくなる後半部。村上龍の『69』の中に出てくる「お前俺たちのしたこと闘争だと思う?」というバリ粉の後始末にも疲れた主人公の台詞を思い出した。が、『69』の高校生らの見よう見マネの闘士ぶりのユーモラスさは本作にはない。
地方都市の学生と違って高校生たちによる闘争とはいえども既成野党の事情がいくつもからんでは著者を悲しませる。悲しんでばかりもいなかった先達とは付き合いも絶えてしまうので詳しくは語られないのだが。『69』発表時の村上龍には当時の闘争への関わり方と小説の中のそれがブレていることを取り上げる批評というよりゴシップがあった。本書にはそうした横ヤリはあまりないような。50歳を過ぎた男が10代を振り返った半自伝にどんなフリルが飾られようともういいじゃないのと思われそうなタイミングでひとつ間違えば今は娑婆に居られたかもわからないややデンジャーな青春を自白する著者に不信感も。別に信頼されたくて今こんな話をするわけじゃないといった所かしらん。
でもやり方はオリバー・ストーンみたいだと言いたいが。別にオリバー君でも一向に構いませんよといった所かしらん。要するにもう痛くもカユくもないんだと。当時の仲間の急逝が本書の発火点のひとつだとか。ところで『プレイガール』のDVDも本作同様にそれほど興奮させられることはなかった。興奮させてもらうつもりで手にする方がどうかしてるのかとも。ただエンディングテーマに差し込まれる栗色のロングヘアをフロアに頭蓋骨を叩きつけんばかりに踊るゴーゴーガールの姿には感動した。本書の中に目の前で頭蓋骨を叩き割られた同級生の話なぞネツ造でも出てくれば四方田犬彦を見直しただろうか。何を見直すのよと舌を噛む後厄男。