今ひとたびゲンナリしたんである

5月22日、神保町シアターにて「特集 大映の女優たち」『氷壁』(監督=増村保造 58年)を観る。脚本は新藤兼人前穂高岳北壁の転落事故に端を発するサスペンスタッチの恋愛ドラマとはパンフより。その後に監督四本目の増村が放った大ヒット作品と続くのだが。
伊福部昭の音楽も手伝って内容は暗く思い。こういう映画がエンタメ作品として大ヒットしていた昭和三十年代というのは。今盛んにラブコールやまぬあの時代に人々はまだまだ貧しくとも心は豊かだったのかどうか。山本富士子演ずる人妻と一度だけ関係を持つのが川崎敬三。関係を引きずりたがる川崎敬三山本富士子の間に入るのが菅原謙二。大学では山岳部で一緒だった菅原と川崎は情人のことを忘れるために冬山に登り遭難してしまう。
菅原は生き残り川崎は死んでしまうが問題は最期に二人を結びつけていた一本のザイル。ザイルは自然に切れて川崎は転落したと主張する菅原を周囲は信用しない。自然に切れたのでなければ自分一人だけ助かろうと友人を見捨てたことになる。マスコミはそのように報道したがるがザイルの製造元も自社製品を守ろうと耐久性実験など始めて菅原を追い込む。サスペンスといえばその辺りがサスペンスなのだが。
恋愛ドラマの方はといえば山本富士子に骨抜きにされている川崎敬三が引っぱっている感。川崎敬三の若かりし日といえば気弱ながら女性への執着だけはすさまじく痛い目にあってばかりいるどうしようもない男の役のイメージが強いのだが。アフタヌーンショーの司会を務めていた頃もそのイメージが抜けずこんな男に情死事件のレポートなぞ真面目顔で語る資格があるのかと思ったが。それは役のイメージと混同した私のカン違いであった。同じことを小島一慶に思うべきだった。
さて本作のどこに大ヒットにつながるエンタメ性がと今になってしつこく考えあぐねてみると。やはり山本富士子かと。うりざね型の顔に黒目がちの目鼻は小さく表情は決して豊かではない。今ではわかりづらいオリエンタルな色気かと思えばオリエンタルは今も充分ウケているかとも。当時はもちろん誰もが夢中だったであろうことは増村演出のネチっこさからもわかる。が、案外本作のフックとはその山本の財力はあるが精力はもうない陰気な亭主役が上原謙だという点かとも。昭和三十年代の上原謙は申し分のない好男子役からは離れて金と力はなかったり金しかない無骨者の役が多いような。天下の二枚目を汗しにかかるエンタメ性に大衆が鼻息を荒くしていた時代だったかもしれないわけでやはりなと。