青春は今もおかわり自由である

2月16日、池袋へ。宿酔い中の下と日記には書いてあるが。新文芸座の前に昭和食堂。池袋周辺には食べ物屋がオープンしてはクローズする絶対軌道に重ならないブラックホールな一角が点々とあるがここもそのひとつ。昭和食堂の前には徳島らーめんの店ががんばっていたが。今度の昭和食堂はどうか。
店内に入ると「お客様ご来店でえす」「ハーイ、いらっしゃーい!」と店員一同腹式呼吸で迎えてくれる。店内には昭和三十年代の邦画のポスターが飾られている。有線からは水原弘の『君こそわが命』がながれている。メニューはスタミナ丼、スタミナカレー、ジャンジャン焼、カツカレーとドヤ街のめし処風に昭和テイストを押し出しているが。こうしたレトロ調の昭和アミューズメントにげんなりする昭和好きも多いが私は万博世代より少し遅れた昭和っ子なので本物と造り物の差がわからずピンとこない。レトロで充分酔えてしまうというか。
スタミナ丼をおいしく食べるコツがテーブルの上のポップに書いてあって店員も同じことを説明してくれるのでその通りにしてみる。が、それほどの絶品ではまったくない。が、六百円だし。このスッポ抜け感がまたレトロか。OK、いいよと。ところで昭和の邦画ポスターといい店員の腹式呼吸といいどうも俳優養成所のサイドビジネスとして展開されている店のような。少し前に千葉真一の俳優学校のシゴキがスポーツ新聞でスクープされていたが。今時の俳優学校でも地方から上京して一人前の俳優になるまでどんな苦労にも歯を食いしばっているような若者が集っているのだろうか。
私は二十代初めの頃一度だけ第三舞台のオーディションを受けた日のことを思い出していた。ジャニーズ風の長身の美丈夫が一人いて中々格好良いなと思っていると自己PRをする段になると聞いたこともない地方なまりでおずおずとしゃべり始めてカクッとなったが。昭和食堂に青春の思い出をうずめる若者はこの春にも何人か現れるのかしら。風俗街の真中にあるだけにそちらにとらばーゆしてしまう若者もいるかもしれないが。
新文芸座では木下恵介監督のデビュー作『花咲く港』(43年松竹)を観た。小沢栄太郎上原謙のサギ師コンビが地方の港町に造船所を建てに来た技師に化ける。口から出まかせで資金を集め人夫を集め頃合意を見て金を持ち逃げするはずが。地元の人々に先生様と慕われる内に持ち逃げの期を逃がし結局造船所は成功してしまう。小沢栄太郎が今まで観た邦画の中で最も若くコミカルでイジリ―岡田の様。政界の黒幕が定番の晩年とは正反対で。