チョコベーでラリラリ世代なんである

9月19日、シネマート六本木にて中川信夫特集『「粘土のお面」よりかあちゃん』(61年新東宝)を観る。六本木なぞに足を運んだのは十何年ぶりかも知れない。ルイ・マルの遺作になった舞台役者たちのドタバタ喜劇映画を観て以来か。
やはり映画館ぐらいしか用がないのだが私のイメージする六本木は今だ六本木心中の六本木。とんねるずの『トライアングルブルー』の世界。雑踏の中に可愛かずみの影を探しても遅いというのに。ま、四十面下げて六本木にビビっていられる幸福というのもあるかと。
シネマートもなかなかいい小屋である。今回の中川信夫特集には中川作品の常連の女優、北沢典子がトークゲストに来たらしい。生の北沢典子に一目逢いたかったような逢いたくないような。中川監督の59年の新東宝作品『雷電』で雷電役の宇津井健の恋人を演じる北沢典子は実にキュートなのである。昭和34年のアイドル女優であるから今もそっくりそのままキュートだったら幽霊じゃないかとは思う。思うが例えば原節子と今でも親しい映画人がお節は今でもきれいだよなどと語る時に感じる妙な空虚というか。北沢典子だって今もそりゃそれなりにきれいなのだろうけれど。
本作『かあちゃん』での北沢典子は主人公のド貧乏一家を応援する小学校の女先生役である。昭和30年代なんてまだまだ皆貧乏だったんじゃないのかと思ったが。昭和40年代に小学生だった私はこの貧乏の風景に見覚えがある。時代劇のような純和風の長屋に住んでる子供はクラスにまだ1人、2人はいた。遊びに行くとちょっと引いたがそうした家庭で嫌な思いをしたことはない。ないないづくしのド貧乏の中にもどこか心温まる空気に満ちているそんな家庭が本作にも登場する。
貧乏一家のとうちゃん役の伊藤雄之助が今まで観た出演作の中で一等若い。一等年寄りなのは『太陽を盗んだ男』のバスジャック役か。若き日の伊藤雄之助のコメディアン振りは楽しい。昭和の貧乏親父を演じるそのアプローチはどこか大陸的である。『地獄の黙示録』で実際にラリラリだったデニス・ホッパーがヤク中のカメラマンを演じてたのを思い出したが。
伊藤雄之助が当時ラリラリでとぼけた親父役に没頭していたかどうかは知らない。が、この年代の邦画に出てくる労務者たちは疲れた疲れたなどとなれた手つきで腕に注射を打ったりする。金もないのにそう簡単に薬物が入手できるのかと思うのは現在の感覚である。眠るひまもなく働くのも遊ぶのもそれぞれ別の意味で社会の底辺だった時代とは案外まっとうな時代にも思えたり。