ハイドパーク事件は取材不許可である

10月19日、正午ごろ目覚めて枕許でつけっ放しのトランジスタラジオをぼんやり聴いていると先日亡くなった加藤和彦さんの続情報ですがとパーソナリティが。トランジスタはそこで止めて表に珈琲を飲みに。
行きつけの珈琲屋のスポーツ紙をいくつか読む。トノバンうつ病だったのかと思いそういえばと1〜2年前のFM特番を担当した時のあの脱力ぶりを私は回想する。番組の内容はトノバンが1日がかりで60年代から今日までの洋楽ヒストリーを解説するといったものだったが。
ハイ、ビートルズで『プリーズ・プリーズ・ミー』お送りしました。お次はザ・ローリング・ストーンズですね『サティスファクション』をどうぞどうぞといった展開に私はカクンとなったが。こうした番組をトノバンに預ければ自宅から貴重な音源をザクザク持ち込んで巨匠クラスの音楽ライターでも知らない当時のエピソードを教えてくれる。と、制作サイドは期待したのかもしれない。私は期待してカクンとなった。
19日の朝日新聞の朝刊にはきたやまおさむの追悼文が寄せられていて“彼は「振り返る」のが大嫌いだったが”とある。振り返るのが大嫌いだったトノバンにここ数年持ち込まれた仕事は自身の過去のメモリアル的なものばかりだったのでは。自分は過去を振り返るのが大嫌いで今現在うつ病なのだが承知でその仕事を依頼してるのかとぶっちゃけてしまうのは自分のイメージが台無しだからとこらえていたのか。
けれど依頼する側でもトノバンのイメージが台無しになる場面を想定していなくもなかったような。NHKのスタジオパークで「加藤さんは何でも丼めしは召し上がったことがないとか」と問われ「いや、あるんじゃないかな」と作り笑顔でかわしていたトノバンを思い出す。丼めしを食べるか食べないかが大きく開けるとどういった精神論に行きつくのかはよくわからない。ただ、スタジオパークに集った老若男女の見学者だって司会者だってトノバンの音楽にどれだけ興味があったのかとも。
06年ハイドパークのトリ出演、ポーク・クルセダーズでのステージもメモリアルといえばメモリアルだ。が、振り返るのは大嫌いな自身の過去を未だに愛でる困り者のオーディエンスはまだマシだったかもしれない。『あの素晴らしい愛をもう一度』のトンストトンというリズムはトノバンの考案とつのだ☆ひろの自伝本で知った。アグネス・チャンの『妖精の詩』もトンストトンだが同時代の他の職業作家もトンストトンを借用している。私はトンストトンから彼の職人像をひもとく構えなのだが。