人間とは考える湯気だったんである

1月5日、渋谷ユーロスペースにて『海炭市叙景』を観る。監督、熊切和嘉。“村上春樹中上健次らと並び評されながら文学賞にめぐまれず90年に自らの命を絶った不遇の小説家、佐藤泰志”の残した短編小説が原作である。が、五編のエピソードを並べたオムニバスではなく登場する家族らは極北の地方都市「海炭市」に点在している他人同士という設定。その他人同士が運命の赤い糸にたぐり寄せられラスト近くに激突したりもせずただ仏頂面でたまたま乗り合わせた路面電車に揺られながら映画は終る。村上龍の『テニスボーイの憂鬱』の中で愛人に逃げられたばかりの主人公が渋滞中のハイウェイに一人ポツンとなりつつ今この場に居合わせた人間には皆それぞれつらい事情があるんじゃないのか。人には皆それぞれの深い事情があるんじゃないかと気づく場面を思い出した。特に印象的だったのが第一のエピソードである若い兄妹の暮らしぶりか。兄役の竹原ピストルはあまり有名でないミュージシャンだが妹役の谷村美月は人気アイドル女優である。その他にも本作にはロケ地の函館でスカウトした土地の人々が多数出演している。それもガヤではなく重要な台詞をもらって有名俳優、無名俳優とやり合っている。そんな欽ちゃん劇団みたいな演出では失笑もののコントになるかと思いきやわりあいナチュラルというか。ナチュラルだけどナマな感じというか。例えば子供の頃に親せきの家に夏休みを利用して一週間くらい泊まったときのような。始めの二、三日は可愛いお客様を迎える幸せ家族を演じていた面々がだんだんと日常に戻っていくような。普通のお父さんお母さんらが何言ってんだいバカヤロがと怒鳴る姿は親せきの家で五日目にして目撃してしまった夫婦ゲンカのナマさに近い。そのようなナマな演技を受け止める有名俳優たちのテクニカルな力の抜き加減もよい。本作には他に加瀬亮南果歩小林薫村上淳などの有名俳優がナマな素人とからんでいるのだが。村上淳などどこに出てたか気づかないほどナマな素人と同化していたよう。主演の谷村美月のうら寂しい負けオーラが忘れられない。以前私が通っていた池袋の茶店の極悪バイト嬢に似ている。客を客とも思わない常に半ギレの給仕ぶりにはヘキエキであったが。今になって彼女の事情らしきものに気づいたような。おそらく谷村美月似の容姿を売りに東京でアイドル女優を目指したもののまったく食いつきのない世間にキレていたのではないかと。しかしそんな彼女にこそ本作の谷村美月の演技を観てほしい。やれるかと。やられうるのかここまで。