これがたまらんのだよ君ィと歓喜する

4月13日、『へそくり社長』(56年東宝)をDVDで観る。オープニングで森繁社長宅へと丸々太ったダックスフンドを連れ帰る女中の足元はブロック敷。越路吹雪演じる社長夫人が朝食を仕度しているとジューサーミキサーが動かない。あらまた停電と夫人が弱るすきに苦手な牛乳を食卓の花瓶に流し込む森繁社長は米食を禁じられている。本作では本人が短命である原因にされている白米はダックスフンドの朝ごはんなのだが。
その日の株主総会に先代社長夫人の代理として芦屋から上京する令嬢役はアイドル女優時代の八千草薫。カルピスおばさんのようなヘアメイクは鈴木保奈美に似ている。鈴木保奈美って無理苦理押し込めるなら東宝系かなと。カルピスおばさん顔の鈴木保奈美にこれがたまらんのだよ君ィと歓喜するニッポンの社長群がバブル期まではぴんぴんしていたのかと。森繁社長が八千草薫小林桂樹を連れだって宴会のしめに寄った寿司処の会計は3人合わせて二千五百円。司葉子が弟にガールフレンドとデートなんだとせびられる遊興費は五百円。かつてのトレンディドラマ同様しけてやんのと言いながら一般には充分リッチな別世界なのかも知れず。
株主総会のシーンでは古川緑波演じる大株主が会議中に出前のうな重二人前をドカ食いしつつ一席ぶつ。「金使いは細く、人使いは荒くだよ」と。森繁社長は近く支給する家族手当とボーナスを増額して会社全体を活気づけたいと主張するのだが。緑波は上層部だけを肥らせれば下層部もそこを目指すと対立する。本作ではもちろん森繁側がサニーサイド、緑波側がダークサイドという設定のはずだが今改めて観るとどっちもどっちかと。
この種の古い邦画を観返す楽しみには「現在では不適切な表現」を公共広告の顔になった大御所タレントが嬉々と演じているということもあるのだがそれも昨今ではどうかと。押尾学の一件が丸め込まれたままそうした広告に出演した後やっと明るみに出たとして。別なニュアンスで案外静観されたのではと。
シネラマを観に行こうよと小林桂樹司葉子を誘って出かける帝国劇場。現存する本物の帝国劇場である。が、観客席にひしめく人々は皆厚ものオーバーを着込んだまま上映を待っている。暖房が行き届いてないのだ。社長シリーズの定番であるどじょうすくいのシーンはスタジオ内が寒過ぎて本当に酒をあおってやけくそで踊っていたと解説にあるが。ただやけくそで踊っている人間の姿に私は元気も勇気も与えられた気になれない。まだその背景で息を潜める仔鼠の行方を追う好奇心があれば。