ダフ屋につかみかかり袋叩きにあう男

11月27日、最寄りの図書館にて『素晴らしき日曜日』(47年東宝)を観る。監督、黒澤明。戦後まもない東京のドヤ街を二人合わせて三十五円の所持金を持ち寄って「ランデブーしよう」とする貧しい男女。主演の沼崎勲と中北千枝子はいくら貧しいカップルを演じるからといっても貧相過ぎるような。当時の東宝は主な看板スターを他社にごっそり引き抜かれ無名の大部屋俳優しか残っていなかった事情があったよう。
「野良犬だよ俺は」としきりにぼやく男を精一杯の笑顔で勇気づけようとする女。二人が足を運ぶ住めるはずもない建て売りのモデルハウスは十万円也。あきらめて第二希望の貸間を見に行くが昼間は絶対に陽が当たらない六畳間は六百万円也。「借主は正当な職についているかね」という管理人の問いかけに問屋や強盗ばかりが元気な世の中で何が正当な職だと激して最低の貸間もあきらめてしまう二人。男の下宿に戻って今日は同居人もいないからいいだろと体を求めてくる恋人をはねのけていったん外に出る女。再び戻って来ると今度は男の前で泣きながら服を脱ぎ始める。ばかだな、いいんだよと女をなだめて一緒に泣きだす男。
もはや男女の事に逃げ込みおぼれる気にもなれない虚無の世界。それでも夢だけは離すまいと音楽堂の日曜コンサートに向かう二人。チケット代は十円也。その日残った最後の金で夢を買うつもりだった二人だが。受付で一枚十円のチケットをまとめ買いする非情なダフ屋につかみかかり袋叩きにあう男。いよいよ野良犬の中の野良犬に落ちた男と女がラスト近く公演の終わった空っぽの音楽堂に再びやって来る。君は夢が描けるね、俺が指揮者だと見えないタクトを振り始めると。感極まった女はやおらカメラ目線になり「皆さん、お願いです!どうか拍手をしてやってください!世の中には私たちみたいな貧乏な恋人がたくさんいます…」と観客に訴えかける。映画の手法としては堂々たる反則。だが感動する。
お金がありませんからどうぞ警察を呼んでください、ごちそうさまでしたなどと開き直る無銭飲食者たちも案外その現場では周囲に訳のわからない感動を与えてるのではないか。まだ三船敏郎にも原節子にも出逢えていない黒澤明のマイナス百点の快作だ。『素晴らしき日曜日』をかつて大島渚はもう今の若者にはわからないだろうけど感動的なラストでねと朝まで生テレビで語っていた。その生テレビを沼崎勲が住む最低の下宿とまったく同じ間取りの貧乏長屋で観ていた当時の私は俺は今の若者じゃないのか焼跡の浮浪児かねと大島にも言われたかと涙していた。