天下取っちゃいますからなどとマジで

12月30日、『季節風』(77年松竹)をDVDで観る。主演、野口五郎。海沿いの田舎町、小さな酒店を営む一家の次男坊で浪人中のギター小僧である五郎。サラリーマンになるには大学出てなきゃだめなんだと亡くした父に代わって一家を支える長男の労力で予備校を勧められても大学なんていかないとうそぶく五郎は大学行かずに何になると家族に追求されても音楽で食ってくとまでは息巻くこともないこの時代の平均的若者。
大学も行かず職にもつかず特に打ち込んでるものなど何もないのに天下取っちゃいますからなどとマジで言う今の時代の平均的若者とではどちらが厄介なのか。偶然海で知り合ったコスモポリタン風のCMモデルを東京まで追う五郎か。ひとまず転がり込んだフリーのテキ屋生活者で郷里ではよく面倒をみてもらっていた田中邦衛のアパートにて事情を話す五郎。その女を離すな人気モデルならきっと大企業の社長たちとコネがあると興奮する邦衛。何やら意地汚い展開だがこれは恐らく『真夜中のカウボーイ』や『スケアクロウ』みたいな遅ればせのニューシネマを撮りたいと制作側の何割かは思っていたからだ。
社会の底辺を這いずりまわる夢破れた中年男と夢追う若者の意地汚くとも熱い友情ドラマをと、聞いて制作側の残る何割かはなるほど「友情」かと田中邦衛渥美清野口五郎中村勘九郎を重ねてしまったのかと。商業映画の世界でいきなりそんな画期的なことができるわけもない。だましだまし上層部を巻き込んでできるわけがないはずのものを作る。何ともグループサウンズ的な食い下がり方だが。野口五郎はそうして見ると本家GSたちよりもGS的かと。
最近の五郎ちゃんの音楽活動は家の近所でバスキングしている若者になかなかやるねと声をかけ自宅のスタジオに招いて即席レコーディングすることだとか。初めはただ何となくついてきた若者が「やがて僕を崇拝しますね」とトーク番組で嬉しそうに語っていた表情が忘れられない。音楽っていいなと思えなくもないエピソード。あまり思えないか。
本作での五郎ちゃんはやっと再会できたモデル嬢に自作の曲をプレゼントする。と、モデル嬢は大企業の社長に彼の曲買ってあげてよと小切手を切らせる。社長とは別れることになったが手切れ金など欲しくないからこの坊やにと。五郎ちゃんはその小切手をわりとすんなり受け取る。田中邦衛はその後ニューシネマはどこいっちゃったんですかという何割かの制作のためだけにあわただしく郷里で病死する。楽しかったひとときが今はもう過ぎていく。いや本当にけっこう楽しかった。