港雄一演じる土地の有力者が使用人の

12月1日、『暴虐女拷問』(77年新東宝)をDVDで観る。監督、若松孝二。明治の維新騒ぎの後のとある鉱山地帯の寒村。港雄一演じる土地の有力者が使用人の女たちを次々と弄び妊娠した者、逃げ去ろうとした者は地元の警察に金を握らせ狂死を装い私刑に追い込む。港雄一は昭和の悪役レスラー然としたあの風貌だからそうした極悪非道な役柄にはぴったりである。であるが映画のほぼ全編そんな極悪非道なマッチョが主役を張っていると観ている方はたまらない。77年といえばにっかつロマンポルノでは神代辰巳が『悶絶!!どんでん返し』を小沼勝が『性と愛のコリーダ』を公開し若松孝二とは複雑な師弟関係にあった脚本家、荒井晴彦が『新宿乱れ街 いくまで待って』でロマンポルノデビューを果たした年。60年代から低予算のピンク映画を撮り続けていた若松監督は微妙な立ち位置になる。エログロだったらお手の物とはいえ拷問シーンが映えるスター女優はロマンポルノに独占されつつある。残っているのは強姦魔キャラの男優陣と行き場のない無名女優のみ。最悪それで行こうと強行スタートを切ったであろう本作はやはりどこにも抜けがないというか。このホン、ラスト抜けたいんだと小沼勝に脚本の注文を出された荒井晴彦は抜けるって何ですかと困惑したというが。『暴虐女拷問』にくらべたらこの時代のロマンポルノ作品群はどれもはるかに抜けている。予算も公開規模も違うから?だけじゃないだろう10年前ならもっと酷い条件で傑作を次々と撮っていたのに。そんな憤りが全編にただよう本作だが。ラストでは虐殺された下女に同情した河原者二人が港雄一の妻と娘を人質に爆弾テロを試みる。が、人質もろとも銃殺して構わんと警察隊に命じた父親に失望した娘が爆薬を火にくべて立て籠もっていた掘立小屋はあたり一面を巻き込み炎上する。こうなったら皆燃えてしまえとラストの炎上シーンにはこめた怨念の矛先は明治の極悪マッチョによる悪政だけか。掘立小屋がボカンと燃えるだけのしょぼい炎上シーンにはもっと個人的な喪失感と寂しさがこめられているよう。本作の次に若松監督は阿部薫に接近し『十三人連続暴行魔』を撮る。ジャズ喫茶で偶然出逢った若い才能と高利貸しから集めた資金で傑作を作り続けていた頃の「空気」を取り戻したかったのか。60年代末には才能がある若者もそうでない若者も同じ小屋で夜明かしする他に行き場がなかったのでは。それも燃えてしまえと本作ではフラストレーションだけを残して一時撤退する若松監督。やはりというか振り出しは新宿。