あの頃、日雇いスパイラルの真只中に

2月27日、『エンドレス・ワルツ』(95年松竹)をDVDで観る。「松竹90’Sあの頃映画」と題された廉価版シリーズの中の一本。95年はもう「あの頃」かとキャストを確かめると主演は町田町蔵。他に相楽晴子室田日出男古尾谷雅人などの面々も連なって。監督、若松孝二。舞台は70年代の新宿。伝説のジャズミュージシャン阿部薫とスキャンダラスな作家鈴木いずみの愛欲と暴力とドラッグにまみれた激しい結婚生活を描いた本作だが。私は70年代の新宿も阿部薫鈴木いづみもリアルタイムでは知らないが公開当時これは必見と期待しつつ観逃していた。伝記映画がメジャー系で一本制作されるくらいに阿部薫鈴木いづみの過去の作品は復刻ラッシュにあり再評価の波は高まっていたはず。だが本作が公開された95年秋にはその年の春までに阪神大震災地下鉄サリン事件がありその前には中上健次が他界していた。70年代の青春のカオスを超高濃度で描ききった本作は呼ばれて飛び出たところで客が引いてしまったのだ。先月末のこと私は早稲田松竹で『天使の恍惚』と『水のないプール』を観た。若松作品にパックされた60年代と80年代の時代の空気にラリラリとなり帰りぎわ銀座山野楽器で見つけた本作も迷わず入手したのだが。本作は70年代の時代の空気を90年代に役者を揃えて再現した半生のブツであった。どうせ本物を知らないのだから半生でも充分ラリラリだろうと言われればそうかもしれない。が、もし公開当時に世情にもめげず私が本作を二十代ぎりに観ていたら。どんな時代に繰り広げられたものにせよ青春のカオスにはもうゲップだと若松ワールドから遁走していたかもしれない。あの頃、日雇いスパイラルの真只中にいた私にメジャー系のロードショーは贅沢品だった。代わりにまだ都内あちこちに残っていたピンク館で三本立ての旧作をむさぼり観ていた。『エンドレス・ワルツ』はあきらめて同じ主演俳優の『赤い犯行』を亀有名画座に観に行った。町蔵演じる映画製作の金銭トラブルに巻き込まれた作家に離婚を迫る古女房は伊藤美紀だったと思う。バブル期の売れ残りアイドルだが濡れ場なぞもちろんなく寅さんシリーズのマドンナのような起用のされ方でプラトニックな泥沼夫婦を演じていた。やっぱり『エンドレス・ワルツ』の広田玲央名の方が魅力だったんじゃないのかと私は思った。アイドルなのにピンクに出ていることの悲壮感が伊藤美紀にはあった。私は行きがかり上伊藤美紀の青春のカオスに手向け花を探しあわてふためいた。