いやもうお金のことはこの際などと

4月18日、丸の内ピカデリーにて『舟を編む』(12年 松竹)を観る。監督、石井裕也。05年にぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞した後に09年には『川の底からこんにちは』でブルーリボン賞監督賞を受賞した石井監督はまだ30歳。『川の底から…』と続いて公開された『君と歩こう』の二本を観た私の印象は思いきりインディーズの監督(『君と歩こう』は制作費三百万とか)であったが。その石井監督がいきなり松竹系でベストセラー小説の映画化に挑むというか挑まされてしまうのは随分気の毒に思った。が、本作『舟を編む』は意外にも前売り券ではおつりを払いたくなるほどの今時ない贅沢な秀作であった。ハッキリ言って晩年の森田芳光作品級の正攻法のメジャー感と安定感があるのだ。まだ30歳の石井監督にそんな求心力と政治力があるのかといえばはやりあるのだろう。書店に並んでもおかしくないほどこれも贅沢な分厚いパンフは定価900円。いやもうお金のことはこの際などと興奮して買い求めてしまったが。弱冠30歳の新鋭、石井裕也監督の周囲には今現在もうお金のことはこの際とたぎる二世代もしやそれ以上の映画人の情熱が結集しているよう。本作で松田龍平演じる辞書編集部員を営業畑からスカウトしたベテラン編集者、小林薫とその師匠にあたる監修の加藤剛の相互関係に近いものが石井組にも生まれているよう。失敗してもいい、大恥かいてもいいからと辞書作りの後継者に選ばれた松田龍平は果報者のように見えるが。優に15年はかかるといわれる辞書編集の苦闘の12年のプロセスを本作ではすっぽり抜いた構成になっている。『川の底から…』でしじみ工場の再建を賭けた新商品がわりとすんなりヒットする展開と似ている。そこは血のにじむような修羅もあったと思ってくださいということか。血が見たいわけでと問われればそうだとも言えず。先々のしっぺ返しも考えず今作りたいものだけを作ってしまう石井監督はやはり大器なのか。こういう作品こそほんとうに「大ヒット」してもらわないと困るが誰が一番困るのだろう。『苦役列車』の画面がウィークエンダーの再現フィルム並の猥雑感だったことにはメジャーの原作ものでそれをやる山下敦弘の無謀さが痛快だったが。石井裕也が『舟を編む』を家族連れで安心して楽しめるいい映画にきっちり仕立ててしまったそのことの方が無謀で痛快で過激ですらあるような。石井裕也ってなんでそんなにゴツイのか。多分血筋でしょうなどと一人勝手に感心している私はつくづく老僕と化したような。何と言うかサッパリした。