衾秋江は西村作品のドル箱スターに

12月19日、西村賢太『寒灯・腐泥の果実』(新潮文庫)を読む。表題作の他に二篇を加えた四つの短編は全四話の連続ドラマといった感。全編通して登場人物はほぼ北町貫太と同棲相手の秋江のみ。ロケーションは滝野川のマンション周辺。たまに足を伸ばしても白山通りの「オリンピック」、王子駅前の「半平」と思しき大衆割烹店ぐらいまで。狭い。何やらこちらはその滝野川のマンションの押入れに身を縮めて中年カップルの言い争いを盗み聞きしているような気持ちに。貫太はMG5のような昭和の壮年たちがこよなく愛する男性整髪料のにおいが大嫌いなのに対し秋江はあのにおいはあたしのお父さんのにおいでもあり嗅ぎなれた普通のかおりであると主張する。「お花のかおりだよ」、「何がお花の香りだよ、だ」のやりとりには笑ってしまう。秋江シリーズではこんなふうに秋江がムキになってやり返す場面に何度も笑ってしまう。秋江は西村作品のドル箱スターに違いないがモデルにされた女性はこうした作品群をどう思っているのだろう。私なぞ今度は「秋江」が筆をとってはくれないかと夢想してしまうが。映像化するなら秋江役は誰だろう。性格面は80年代の女子大生ブームを引きずった茶目っ気と鈍臭さがあるが案外美貌で性的魅力も充分ありそうな。宝生桜子や田中こずえのような肉体派女優の顔が浮かびかけたが。文庫のための解説を中江有里が時代遅れなルックスで秋江を演じるはめになるきっかけ作りと思われる。その中江有里は本作をどう読んだのか。解説には“ここにどうしようもない人間がいる”と開口一番かなり高レベルな反応を示している。中江有里にとっての西村作品は喉に刺さった魚の骨のように普段は忘れることにしているが抜かずに時々思い出すことにしている、そんな印象だという。まるで成長期に遭遇した痴漢のようだが時々思い出すことにしているのは何のためか。映画『苦役列車』にはあの監督は甘いと不満たらたらだった西村賢太だったが。秋江シリーズを映像化するなら『同衾』シーンも真正面から描くハードコア作品であるべきだし人気アイドルの客演などよりトウのたった「芸能人」のわらをもすがる体当たり演技を期待してしまうが。それが酒井法子でも中島知子でもあまり面白くなさそうで中江有里なら爆笑モノと思う私もまた甘いのだろうか。人のセックスで笑いたいという欲求はまさに現代の私小説だと思うのだが。