もう少しソフトな過去の出演作は

4月9日、『遠雷』(81年にっかつ撮影所 /NCP/日本ATG)をDVDで観る。監督、根岸吉太郎。現在都内の劇場では先だって亡くなった蟹江敬三の追悼特集など企画中なのでは。しかし蟹江敬三という俳優はそのキャリアの半分近くを壮絶な汚れ役ばかり演じてきた。『テレビ・タレント人名事典』(日外アソシエーツ)でも“『赤線玉の井・ぬけられます』『犯す!』『女教師』『遠雷』『さらば愛しき大地』などでアクの強いチンピラ、ヒモ、やくざなどを演じる”とはっきり指摘されているように青年期のその芸風たるやドス黒く犯罪者を演じる、というよりも演技自体が犯罪的であった。壮年期以降は「理想の上司」に選ばれるほどに真人間の役で順調に活躍していたのだから追悼特集も『卓球温泉』あたりの明るくこざっぱりした晩年のイメージに合わせて組まれるのだろう。が、蟹江敬三といえばやはりダークで不潔ったらしい怪優として疾走してきた70年代から80年代の暗闇の時代を忘れることはできない。ただ『あまちゃん』で蟹江敬三を知った若年層にいきなり『十九歳の地図』のヒモ役、それも相手の女性は重度の身障者というダークな新聞配達中年役の蟹江敬三を観せてもいいものか。もう少しソフトな過去の出演作はないのか。『天使のはらわた・赤い教室』は平凡な中年男が黒社会の女に恋慕したあげく痛手を負うが傷の浅いうちにしょんぼり身を引く現実的な結末が後味悪すぎるし。やはり『遠雷』での妻の浮気相手にネチネチ食ってかかる亭主役ぐらいがはなむけには丁度いいかと。本作の蟹江敬三は確かに暗闇の時代の真っ只中にあり充分に憎らしいし気持ち悪いのだがどこか笑いを誘うのだ。もしかすると後の「理想の上司」につながるそれまでの鉄面皮の最初のほつれを本作で見つけたのかもしれない。あまりに情けなくうじうじしたいびつな男ぶりというのはとことん追求すれば案外チャームで親しみを覚えるものなのだと。「プロポーズするとき、浮気くらいしてもいいからって約束で拝み倒して結婚してもらったんですよ、女房は美人だと思うけど正直俺は醜男だもんね。高嶺の花摘んだって嬉しかったもんね。女房のやつその約束真に受けてこれまたしたい放題してくれますわ」という亭主の台詞の後に続くフォッフォッフォという蟹江敬三以外の俳優にはできない嗚咽まじりの不気味な高笑い。一体いつになったら家族にも安心して観せられる真人間の役がもらえるのだというダークサイドの俳優の心の叫び。その叫びはやがて暗闇の外へ届くのだが。