コミさんは当時そちら側でこんな風に

10月9日、金子光晴対談集『下駄ばき対談』(現代書館)を読む。95年に詩人、金子光晴の生誕百年を記念して刊行されたはずの本書。内容は70年代初めから半ばまで週刊誌上などで金子光晴が繰り広げてきた対談をまとめたもの。ゲストは野坂昭如寺山修司岸恵子田辺聖子加藤芳郎田村隆一深沢七郎などそうそうたる顔ぶれ。なかでも極めつけなのが田中小実昌稲垣足穂を迎えた「鼎談 A感覚、V感覚」の項。鼎談とは三人でする対談のことでこの場合金子光晴が進行役にまわるのが普通だがあまりそのような気遣いもなく勝手にやらせてるといった感じ。何をやらせてるかといえば対談中に稲垣足穂が酒の肴にと田中小実昌を求めるのを止めるでもなく面白がるでもなく勝手にやらせているのだ。稲垣足穂といえば『少年愛の美学』の著者でボーイズラブ文学の始祖とも呼べる人物である。これも一種の読者サービスなのかと思ったがどうも本気っぽい。進行役を投げた金子光晴の呆れ顔からも想像がつくが何より稲垣足穂の自宅で行なわれたこの鼎談には稲垣夫人も同席しているところが本気っぽい。「稲垣 今度、いっぺんやらせなさい。 田中 (慌てて) いやッ、ぼくは……あのッ。イイヒッヒイ。 稲垣 (そんな小実さんの膝を撫でながら)……かわいらしいねぇ(哄笑)」などと続く稲垣足穂のあからさまなハラスメントと田中小実昌の手慣れた受振り。雑誌の作家対談とは本来こういうものだったことを思い出したが今はこの類の企画はほとんどない。作家のエロ話に商品価値がなくなったのか。野坂昭如の『還暦まで千人斬り』などはエロ話というよりホラ話に間違いないところがバブル期の高揚感と重なってまだ笑えたが。稲垣足穂は対談当時73歳でサントリーレッドを毎日大瓶一本空けるうえにまだ現役男子(としか思えない)の様子。そんな筋金入りの男色家にしか田中小実昌の魅力はわからないというのは変に説得力があるような。コミさんは当時そちら側でこんな風に熱烈な支持を受けていたのではないか。映画評論の仕事などもそのからみでまわってきたものだったかもしれない。「三島由紀夫のことは稲垣先生どう思っているか知りませんが、ぼくは三島の小説って面白くないんだなぁ、もう」というコミさんのお稚児めいた口振り。そちら側の人脈の勢力図の目まぐるしさ、厳しさを感ず。そして戦中、戦後と一貫して抵抗の詩人であり続けた金子光晴の「男娼以外はどんな悪事もやってきた」という言わずと知れた告白にも二重三重の裏読みが必要に思えてくるのだ。