今後に充分な警戒が必要である

7月9日、中崎タツヤ著『もたない男』(新潮文庫)を読む。本書は漫画家、中崎タツヤが自らの行き過ぎた断捨離癖を赤裸々に告白したエッセイ集。自作の漫画同様に物腰やわらかにぼそりぼそりとありていの日常を語っているかに見えてよくよく聞けばかなり異常な性癖が表出されていくあの独特な作風の。使っているボールペンのインクが残り少なくなると空の部分のペン軸は無駄と感じて切断する例にはまだうなずける。が、食器棚や本棚を必要最小限の大きさまでノコギリで切る例には狂気の芽吹きを見るよう。さらに本そのものを上下を活字スペースぎりぎりまで裁断するくだりはいよいよサイコじみてくるのだが。著者の作風どおりそこは哀愁ただよう笑いも用意してある。バイク好きが高じてあれこれカスタマイズするうちにフェンダーなんぞ前も後ろも無い方がいいと思えて両方外したら快適だった。が、雨の日に乗ったら前輪、後輪から泥水を跳ね上げてびしょ濡れになったくだりなぞ当たり前だとやらかしてから納得する薄馬鹿ぶりが楽しい。著者のこうした「もたない生活」は仕事場の電気代を「春や秋は基本料金を除くと100円くらいですね」と信じられないほど節約させるがそもそも室内には掃除機以外の家電はなく備え付けのガスコンロも外して空の押し入れにぽつんと置かれた状態。つまり引っ越してくる前の空部屋に手荷物を持参して仕事をしているのだから当然といえば当然。しかし本人は「ですから、私はすごいエコ生活をしているんです」と宣言して憚らない。そもそも断捨離なるものの起源は「断行」「捨行」「離行」というヨーガの行法哲学、実践哲学というのが著者の認識だが解説を寄せるやましたひでこ(『断捨離』著者/クラタ―・コンサルタント)は「断捨離は無自覚、無意識、無感覚からの取り戻しです」と説き、自らを「一応、自己啓発業界らしき世界に身を置いている」と認めている。私には昨今の断捨離ブームは例えば食膳が少しでも曲がっていると苛々するとか真っ暗な寝室で耳栓をしないと眠れないといった○○じゃないと気持ち悪いという現代人の性癖に付け入った一見おしゃれなカルトへの案内窓口に思える。今後に充分な警戒が必要である。中崎タツヤ自身は50歳を過ぎてから「あまり先のことばかりを考えても意味がない。それほど先があるのかどうかよくわからないのですから、考えるだけ無駄だと思うんです」と感じ始めたとか。独特なギャグ感覚が意外や自己啓発業界の後押しを得てメジャー漫画家に変貌してしまうのだろうか。