といっても母娘で食い物にされたのは

9月14日、山田太一 著『読んでいない絵本』(小学館文庫)を読む。本書は脚本家の山田太一が89年から08年までに発表した短編小説、舞台の戯曲、ドラマの脚本などを収めたもの。表題作『読んでいない絵本』を始め三作の短編小説はいずれも心理ホラー的要素の強い日常に潜む怪談。著者は以前にも『終りに見た街』や『異人たちとの夏』といったタイムスリップものの怪談を手がけているし『不思議な世界』(ちくま文庫)という奇談怪談ばかりを集めたアンソロジーも監修している。あまりイメージではないが怪談の人でもあるのだ。『読んでいない絵本』では「五十五歳のテレビライターになった私が」と語り手が自らを紹介する。実話を元にした物語と思って読んでくれてもよいということか。「私」は三十年前に間借りしていた西城さんの家のおばさんをふいに訪ねる。と、そこは西城マンションなる小ぶりのビルになっていた。西城のおばさんには一人息子がいたので今は息子の代になりマンションを経営しているのだなと「私」は思った。が、現われたのは西城のおばさんでも息子でもなく隣家の金原さんに嫁いできたはずの美人妻とその母親だった。金原さんは「私」が西城家を離れる直前に新婚で病死したので西城のおばさんは美人妻とその母親を不吉がっていた。しかしその後すぐ美人妻と西城のおばさんの一人息子は結婚し不吉な母娘は西城の家に入った。すると三年後に一人息子は急死しその翌年にはおばさんの夫も逝ってしまいおばさんも四年前に亡くなった。と、いう話を今自分の前でしみじみ語る美人妻とその母親は考えようによってはとんでもない凶事の運び屋なのではないのか。そんな恐ろしい母娘とまたうっかり向き合ってインタビューするような格好になっている自分に「私」はとまどう。母娘で出版した絵本が海外で賞をもらったのでひとつ脚本家におなりになったあなたに感想をとあれこれ原画を見せたがる美人妻にもたじたじで。「探せばきっと手に入るであろうその絵本を、ひるんで私はまだ読んでいない」のだが。ひとつだけ「私」が胸を張っているのは金原さんに初めて紹介された際の美人妻の「王妃かなにかが末端の部下にうなずいたような無関心を感じて、一瞬のことなのに私は強い屈辱を覚えた」ことを忘れていない自身の見極め。といっても母娘で食い物にされたのは金原さんと西城さんの一人息子なのだが。当時は一番若く美少年だった「私」が食えない男と無視されたその三十年後にやっと肩を並べてもらうような格好になっているのは可笑しいが。