このマンガはスゴイのかも知れないと

9月20日阿部共実 著『大好きが虫はタダシくんの 阿部共実作品集』(秋田書店)を読む。帯には“宝島社 このマンガがすごい!2015第一位オンナ編”とあり前作『ちーちゃんはちょっと足りない』で注目を浴びた著者の初の作品集になる。私はその『ちーちゃんは…』も裏表紙に大問題作と紹介されている『空が灰色だから』も未読である。が、少年チャンピオンコミックスという土俵で現代詩のような表題と幼女の落書きのような人物画で堂々勝負するこの新人作家が気になり始めた。本書には巻頭カラーの『灰色』、『乙女心』を始め全7タイトルが収録されている。メインは表題作よりも中盤の続き物『ドラゴンスワロウ』だろう。2010年から2011年の正月までチャンピオン系列のWEBと紙媒体に連載された『ドラゴンスワロウ』は毎回計4ページできっちりオチがつく少女恋愛劇。女子高にありがちなりりしい上級生に心酔する後輩の涙と笑いの片思いドラマである。人物画の意識的に拙いタッチと正反対に背景や物の描写は新人らしからぬ緻密さ。このマンガはスゴイのかも知れないと感ず。主人公の朝倉たつみが憧れの先輩、水野燕と遊園地のお化け屋敷でデートした際、燕がこわがってたつみに抱きつくも表情は全くの素。「こわいこわすぎる この世のおしまいだー!!」、「あふれでる感情に表情筋が全くついてきてない!!」という二人のやりとり。相変わらず幼女の落書き並の人物画に手抜きなんだかへたうまなんだかと首をひねる。が、この新人作家にはへたうま感覚すら生まれる以前の流行なのだ。現在うまい絵とはどんな絵を指すのだろう。それは感情表現の巧みな手腕とは離れつつあるような。歌がうまい歌い手とはかつてはオペラチックに泣いて魅せる歌手のことを指していたがもはや泣きが全てでもないような。泣いたからどうなのと物差しを拡げた新人作家の今後の展望は第5話のタイトル『宇宙までとぶし壊れないし消えない』のごとく青春的で勇ましい。何やら自分と関係ない高校の卒業文集を読んでいるような。未だにこんなことをと懐かしくもあれば今では理解不能な言動もある。あるが高尚な理論を並べた部分は言ってしまえば全部コピペだろう。「サンタさん何歳まで信じてた?とかもし宝くじ当たったらとか日本しょうもない話題ランキング貫禄の1位2位だと思う」あくなき選民意識が2011年の正月まではこの新人作家の小さな胸の中でくすぶり続けていた。その記録に今頃になって偶然出会ってしまったことに私はなぜか安心してしまうのだが。