なんちゃあない話を悪く思わないで

2月10日、安倍夜郎 著『なんちゃあない話 』を読む。本書は人気コミック 『深夜食堂』の作者、安倍夜郎が故郷である高知県幡多郡のフリーペーパーに連載していた東京発地域密着エッセイ。41歳でデビューしてヒット作をものにした現在、ともに壮年期に差しかかる同窓生たちへの近況報告といった内容。独特のほっこりした語り口は『深夜食堂』同様に味わい深い。巻頭のおまけ漫画に描かれているように作者はCM制作会社に19年勤めたのち小学館新人コミック大賞を受賞し漫画家人生をスタートさせる。会社員としてはあまり優秀ではなく消耗しきってからの再出発である。その複雑でやるせない感情が 『深夜食堂』を生んだように私には思える。「人生は思うようにいかないものである 」 「だからボクは自分の漫画の中では、ちょっとだけ思うようになるようなお話を描いている」という本文中の告白にもうなづける。 『深夜食堂』における結果オーライな人生観を許し合うたまたま集った他人同士の輪は暖かい。暖かいが、一歩踏み誤るとたちまち醜い傷つけ合いになりかねない微妙なバランスの輪である。都会で成功した作者から 「また正月帰るけん、飲みましょう」とエールを送られても笑顔で迎える余裕のない同窓生もいることだろう。 『なんちゃあない話 』を悪く思わないでほしい作者の願いは届くだろうか。ところで巻末のおまけ対談にはコラムニストの堀井憲一郎が登場する。早稲田漫研の先輩にあたるホリケンは忘れた頃に一発当てた後輩の安倍夜郎に容赦しない。会社を辞めて漫画修行を始めつつも漫研出身のプロ漫画家たちを頼らずというか頼れずくすぶっていたという作者に対し 「すさまじく呑気だ。漫画家と名乗ってはいるものの、それはフリーターだろ、いや、フリーターでさえなくて、一種のニートみたいなもんじゃないか」と本当のことを言う。よく生活できたなと感心するホリケンに対し「堀井さんは学生のときからそうでしたけど、稼いで使う人でしょ」と返す作者はバブルの波に乗って世にでたホリケンをあまりリスペクトしてなさそう。対談の中でホリケンの実家が裕福なことも女友達をめぐるいざこざから自宅に消火器を撒かれた屈辱も暴露する作者はなかなか強い。いや、強くなったのだ。滝田ゆうに影響されたという安倍漫画の作風はともすれば救いようもなく時代遅れである。が、ヒットした今ではおしゃれですらあるように見える。かがやきは後からやってくるのだ。まだまだキラキラと眩しい安倍漫画の今後の展開が楽しみに。