そもそも勝ち馬には乗らない気質の

2月18日、三田完 著『不機嫌な作詞家 阿久悠日記を読む』(文藝春秋 ) を読む。本書は作詞家、阿久悠をアシストしてきたオフィス・トゥ・ワン所属の作家、三田完による阿久悠日記の解読書。累計七千万枚のレコード売り上げを持つ作詞家の日記ゆえに本書はそのまま阿久悠のサクセスストーリーにもなる。であるが阿久悠自身が生前よりそうした阿久悠物語を自ら著書に残している。『夢を食った男たち』(文春文庫)、『生きっぱなしの記』(日本経済新聞社)などのそうした著書を阿久悠が何故エピソードを重複させても世に送り出したのか。恐らくは没後にあることないこと捏造された阿久悠物語が流通することなど断じてゆるせなかったからだろう。事実その類いのものは今日まで現れていない。では永年相棒を務めた三田完は本書で何をやろうとしているのか。「阿久悠日記の研究は、まだ緒についたばかりである。これから先、日記を手がかりに、ヒットメーカーとしての阿久悠、文芸家としての阿久悠、人間としての阿久悠が、さまざまな方たちの手で立体的に解き明かされていくだろう」とあとがきにあるように大作家の足跡をたどるための重要なテキストとして阿久悠日誌を呈示しておきたいというのが真意のよう。80年代初めから村上春樹に注目していたり最晩年の病室のベッドで吉本の芸人に罰ゲームでもみしだかれる悪夢を見るなど先見の明を感じる側面もある。が、私にはやりたい放題のヒットメーカーがあえてやらず終いだったことの方が気になる。『スター誕生』の顔役でありながら山口百恵に詞を書かなかったこともそのひとつ。本書で明かされるその裏事情は番組の中で阿久悠が彼女なら今すぐ使えるというニュアンスで「ドラマの妹役ならなれる」と発言したのを妹役程度の女優でしかないと受け取った山口百恵が傷つき腹を立てた一件もその要因と説明される。ホリプロ側に同じ身内の森昌子をスターにした阿久悠とは別の作詞家でという意向があったのは事実でもそれ以上に因縁めいたものを感じなくもない。「山口百恵原節子の隠し子であるという仮説で何が書けるだろうか」などと突拍子もないことを引退後の80年代半ばに記しているのも気になる。そもそも勝ち馬には乗らない気質の作家なのだとも思う。低迷期のジョニー大倉と組んだり西田敏行を紅白歌手に押し上げたりと一発逆転に賭ける姿勢は小気味よい。ならば不機嫌な作詞家、阿久悠にとって美空ひばり山口百恵だけは何故に最後までジョーカーだったのかが私には気になるのだ。