アイドルの国際作家的展開というのは

5月8日、ももいろクローバーZの『第一笑 ヘシャオイーシャオ!〜』を聴く。4人組になったももクロの再出発にあたる本作は『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ〜拉麺大乱〜』の主題歌でもある。そちらに寄せたのか前作シングルに続く日中友好路線。伸び悩み期のアーティストが中国公演に乗り出すも結果は出せず活動休止という展開は過去多くある。ももクロの大陸への向き合い方はかつてのポケットビスケッツに近いよう。観光特使とも背水の陣とも異なる茶目っ気があるのだ。が、ともすればその茶目っ気が異文化と歴史観の隔たりによりとんでもない地雷を踏む恐れも。ポケットビスケッツの中国公演時にはまだツイッターなるものは不在だった。が、テレビ番組で千秋が大陸の聴衆に「イエロウ、イエロウ、ハッピイ」と呼びかけた時は勝手に戦慄したのを覚えている。こちらから一方的にカーペットを広げた友好ムードの上では滅多なことを口にするべきではないと思う。思うが、今の自分達にはそうした呼びかけも可能だと確信しているとしたら。だとしたら尚更まずいような気も。「優しいひとに包まれしあわせでねって願うよ だから 隣へまた隣へ 優しさの連鎖贈りたいね」というメッセージに眉をひそめる人もいるのでは。国内では当たり前に使っている外来語が当の国ではひどく時代遅れで顰蹙ものだったりするが国賓の挨拶文じゃないのだからあまり気をつかい過ぎても味気ないかとも。アイドルの国際作家的展開というのはひどく困難だ。70年代初頭、森山加代子の『白い蝶のサンバ』は当時の日中友好ムードの主題歌のようだった。京劇風の曲調に特にメッセージ性はないと思われるクイックルな歌詞を乗せた阿久悠の策略より一歩踏み込む必要が今の時代にあるのかどうか。ただ70年代と違ってそれらを発信するとどんな反響が予想されるかという下調べは事前に行なわれているのでは。「うっかり寝過ごし4,000年」、「イーアル上海シノゴの言わずに」といったフライング気味の表現も「きっとモーマンタイ」なのだと思う。しまむらのパジャマのような仕立ての功夫服を見ても大陸のキッズは心を痛めないのだと思う。が、今はどうということもない表現が後々地雷化してしまう場合もある。戦時下の欧米アニメに描かれる邪悪な日本人像を90年代に民放のアーカイブスがふいに取り扱ったように。忘れた者から先に幸せになるとは限らないが。幸せになりたければ忘れよというメッセージも今ではひどく時代遅れである。