わざとらしくフライングさせることで

11月20日新宿ピカデリーにて『iアイ新聞記者ドキュメント』(19年スターサンズ)を観る。監督、森達也。本作は東京新聞社会部記者、望月衣塑子の取材現場を密着取材した報道ドキュメント。望月記者のスーパーウーマン的な活躍ぶりにカメラは息も絶え絶えついて行く。一方で監督の得意技であるお騒がせ男のその後にスポットを当てて意外な素顔を引き出す手法は健在。元TBSワシントン支局長による準強姦事件の告発者、伊藤詩織さん、森友学園問題の籠池夫妻などへの取材にもそれは活かされている。が、ボスキャラは加計学園問題の前川喜平氏。本作を観て初めて私は前川氏は出会い系風俗店を利用しただけで別に性犯罪を犯したわけではないのだと知ったというより気づいた。勿論そんな報道はされていないのだが。日々の生活の中で記憶に残る特に思い入れのない人物のイメージなどいかようにも歪んでしまうものらしい。何だかいやらしい件でポストを追われた官僚と私が勝手にイメージしていた前川氏は現在「福島駅前自由夜間中学」なる学舎で義務教育を修了できなかった人々の為に議会や選挙のしくみをレクチャーしている。ボランティアで遠路はるばる通う列車の中で森監督は「前川さんの奥さんは(そっち方面に)寛容なんですか」と興味深そうに問う。「歌舞伎町だけはもう行くなと言われてますよ」と苦笑する前川氏。ドキュメントは誰が撮ってもそこには演出もショーアップも映っているという信条の森監督はいやらしい件でポストを追われた元エリートという前川氏のカードの裏表を見事にひっくり返した。が、これも森監督の味付けが効いた無限の真実の中の一片だとしたら私は今の所は森監督の味付けが気に入っているのだ。本作では劇中にアニメや音楽が大胆に導入されていてドキュメントながらもそれらは劇中劇であり劇伴という印象。わざとらしくフライングさせることでいったん観客を突き放してみせる新しい手法なのかとも思ったが。パンフの中の監督へのインタビューでは「作風が変わったと感じられるのは、おそらく僕自身が、自分の撮影スタイルに退屈していたからだと思います」と語っている。ルーティーンでこなし始めたらドキュメンタリストは終わりではないのかという危機感は言わば皮肉ではなくなる事態を恐れているのだと思うが。それではカメラの前に立ち塞がる側のルーティーンはいつ誰が解決してくれるのだろうかと終映後のまばらな拍手の中で思った。