インフレ期、バブル期、格差期と

12月20日村上龍 著『オールド・テロリスト』(文藝春秋)を読む。本作の概要は民間人が国家レベルのテロに関わるという点において『コインロッカー・ベイビーズ』や『愛と幻想のファシズム』などの過去作と重なる。インフレ期、バブル期、格差期と時代を経てたどり着いた今そこにある危機を描いたSF小説である。過去作同様に本作にもオンタイムで読んでこその面白さが凝縮されている。主人公セキグチは仕事も家庭も失った54歳になるフリージャーナリスト。ひょんな切っ掛けから全員70歳を超える地位も名誉もあるテロ集団に見込まれ広報として利用される。敵か味方か分からない謎の美少女カツラギとPCに弱いセキグチをアシストする記者のマツノ君とチームを組み体制と反体制の間を潜行する主人公セキグチにはまず男性的魅力がない。『コインロッカーベイビーズ』や『愛と幻想…』に登場する主人公にはカリスマ的魅力がある故に有力者もよろめくという古典文学的な決まりごとがまだ成立していたが。今日、男性的魅力のある策士という設定自体に魅力がないよう。『地球に落ちてきた男』というより新大久保にて落ちぶれた男であるセキグチの現状はホームレス寸前。「百二十一円と百二十八円の違いが気になるのだ。そんな状況が長く続いたおれにとって、一万円をを超えるタクシー料金はほとんど異次元の世界だった」という告白を涙ながらに読む読者の中にはタクシー券なるものを見たこともない氷河期世代もいるだろうか。「これは一種のストックホルム症候群だ、人質が助かりたい一心で犯人に好感を持ってしまうのと同じだ」とテロ集団との距離にとまどうくだりでのセキグチは既に軍資金としての闇金十億円を受け取っている。助かりたい一心で尻尾を振る人質の行為は人見知りの反動だが。人見知りであれ日常生活に支障がないのは富裕層のニートだけである。本作に登場する反体制の人物たちは皆ほとんど富裕層のニートみたいなものでは。どんな人間とも生きる為に付き合わざるを得ないセキグチだけに「あなたは本物の記者だ。こちらも命を賭けて頼まないと書いてくれないだろうと、最初からそう思っていた」などとよろめく老人たちはちゃっこい田舎やくざとしか思えずその意味で説得力充分のラストである。同時に本作の微妙に生温かい後味はテロル三部作の殿(しんがり)というより映画版『だいじょうぶマイフレンド』の続編にあたるような。加齢臭ただようセキグチは帰る場所もなくした最後の新人類である。