その不思議はもう少しそのままにして

12月20日、町あかり『もぐらたたきのような人』(ビクターエンタテインメント)を聴く。今年の夏に新宿のディスクユニオン昭和歌謡専門店にてアルバム『ア、町あかり』のフライヤーを入手して以来その存在はずっと気がかりではあった。町あかりというその新人歌手は91年生まれの東京育ち。弱冠25歳にして80年代のアイドル歌謡の世界を一人で再現してしまうシンガーソングライターなのだった。本作は6月24日に発売されたデビューアルバムからのシングル。シングルとはいえ書き下ろし新曲3曲と創作童話『もぐ吉ものがたり』の朗読も含む全6トラックと結構なボリューム。そもそもメジャーデビュー以前にインディーズから『町あかり全曲集 その1』なるアルバムも発表しているうえに収録曲はほとんどかぶらない。止まらない勢いで生まれ続ける楽曲のどれもが狙っている訳じゃなく自然と歌謡曲タッチに仕上がってしまうという不思議なその作風。実際には家系のなかに歌謡界の大御所が隠れているのだが今は公表できない事情があったりするのかもしれない。そうだとしても今のままの情報量がサブカル的に面白い。サブカルチャーとはいわば得体の知れない面白さを指すものであり得体が知れてしまえばそれはもうポップカルチャーなのだ。書き下ろし曲『あのコは高画質』などは往年のミノルタカメラのテレビCMに『いまの君はピカピカに光って』と差し替えてもまったく違和感のない音像。平成生まれの町あかりが独学でこれだけの水準の作品を量産できてしまう不思議。その不思議はもう少しそのままにしておいて欲しいと私は思う。しかしジャケ写の町あかりは成程80年代のアイドル的な面立ちではある。が、昨今80年代組の女性アイドルも表舞台に続々と復帰し始めているなかでこの面立ちは逆に不利かと。つまり町あかりは若く見えるが実は昭和40年生まれの五十路女ですでに芸歴30年にもなるが未だに芽の出ない悲運の歌手なのだと言われても納得してしまうような。創成期のアダルトビデオの劇伴のようなチープなシンセによるピコピコサウンドも未だこれしかできない業界屈指の古狸ミュージシャンでまったく置きどころに困る存在なのだと言われてもそうかと思ってしまうような。そこは誤解されてはあまりに不憫な気がするのだが。80年代のアイドル風な面立ちといってもあくまでB級もしくは企画ものアイドルと同じ空気を持って生まれている点がこの先表と出るか裏とでるか。いずれにせよ好事家にとってはこれ以上ないくらい痒いところに手の届く奇跡の新人の登場である。