10月1日、松本充代 著『Dutch Doll』(青林工藝舎)を読む。本作は漫画家、松本充代が97年に『コミックビーム』誌に発表した表題作を中心に編集されたものだが。出版されたのは06年。松本充代が『ガロ』誌上で内田春菊を追うスターだったのは80年代後半。その10年後の作品が更に10年近く経過して単行本化されたのはどういう事情だろう。本作は90年代のJホラーを意識したようなサイコ心理劇。ダンサー志望の主人公の女性にストーカー行為を繰り返す「頭おかしい」レズビアンの少女が自身のパートナーと共謀して主人公を性奴隷にしようとするくだりがどうも団鬼六テイストというのか。著者はサブカル女子の生活上の「ぼやき」をスタイリッシュな画風で描くのを得意としていた。90年代になってそれはもう呑気過ぎると判断したのかされたのか「心理劇」に挑戦する姿は『ガロ』時代のファンだった私には痛々しい。Jホラーと併走していたレディースコミックブームもあって本作には過激な濡れ場がひんぱんに。「なめろよメスブタ」などという台詞が松本充代の作品に登場するとは。もうこの位描かないと前線には戻れないという危機感がそうさせたのか。80年代組の不思議少女をVシネに引っ張り出して責めるような展開にオカズ感を覚えるのはかつてのおたく男子に違いないが90年代後半にも松本充代がぼちぼち描いていたことも私は知らなかった。主人公の性奴隷化を企む悪玉女子がレズビアン少女を調教する際に「だから一般人は嫌なのよ」と吐き捨てる。今思えば皆一般人じゃないかと言えるが90年代にはデビ夫人や叶姉妹など本来劇画のモデルになるような人々も現実の表舞台に引っ張り出されて芸を要求されていた。乗り遅れまいとセレブの仮面を探す一般人のあがきがJホラー文化を後押ししていたようにも。「生活だよ いつまでもダンサーになるだの夢みてーなこと言ってねえでさ」と恋人から見限られる主人公だが。Jホラー作品にも若い男女がふいにこうした『俺たちの旅』のような台詞を深刻に交わす場面がよくあった。やはり就職氷河期と言われた時代によりによってエンタメ業を目指す自分たちの怖いもの知らずぶりに揺り戻しが起きることもあったのか。別の収録作『眠る空』にはドラッグも登場する。街中では何か薬物で酩酊していると思われる人物を見かけることも珍しくなくなったのも90年代辺りから。「物」がすぐそこにあるのならば漫画の中のドラッグ文化に魅せられることもないだろうにあえて描いたことが著者なりの落とし前なら何も言えないが。