犯した罪まで愛せやしないんである

 10月24日午前10時、渋谷シネ・ラ・セットにて高橋陽一郎監督作品「日曜日は終らない」を観る。「女優・林由美香追悼上映・由美香Oh My Love!」の番外編といった感の限定上映だ。当コラムにて私は以前、林由美香の残したフィルムは渋谷や新宿のメジャー館よりも上野や神田の小便ピンク館で再観せねばとか何とか格好つけてんだかつかないんだかわからないことを書いてしまったが。本作はNHKハイビジョンドラマとして99年に1度オンエア-されたきりの「幻の傑作」ということで小便ピンク館ではフォローされそうもないと思い出かけたのだ。
 水橋研二演じる失業中の青年が離婚した母親(リリィが好演)の元でゴロゴロ暮らすうちに知り合った風俗店の不思議な女を林由美香が自然体で演じている。トークゲストに現れた高橋監督と脚本の岩松了との話によれば彼女独特のフワフワした自然体の演技はあれはあれでニュートラルな立ち位置であったとか。そのなかで指示されたことは全てキッチリこなしてくれたし一見アドリブ風の空気のような台詞回しも一語一句台本通りだったという。そうしたプロ根性によるフワフワと気の抜けたヒロイン「佐知子」に夢中になる青年は母親の再婚相手(塚本晋也が実に良いとしか言いようが…)を殺害してしまう。
 その前日に佐知子と客としてでなく日曜日の海岸でデートする約束をしていた青年だったが。あいにくの雨の日曜日にいつものようにおどおどと「君の父親の代りを務められるものかどうか」ネチネチ接近を計るその男を気付けは殺していた青年は投獄されやがて社会復帰する。その後は父親の元で暮らす青年はあの日曜日の約束を今更かなえたくなる。そのことで罪が消えるはずもないが何もなかったように日曜日の海岸で佐知子と遊べたら自らの生をリセットできるような気がしたのか。
 ようやく探し当てた佐知子は数年前と少しも変らず青年の洗いざらいの告白にもまるで無関心だ。それでも約束通り海には付き合ってくれたのだが真夏の海水浴場はあまりにアンチロマンな雑多振りで逃げ出す。ロープウェイで山奥の廃墟化した観光ホテルで暗くなるまで語りじゃれ合い彼岸花を摘む。「いい自転車だねぇ」と劇中何度も佐知子が誉めてくれるサイクリング車以外もはや何も持ってない空っ欠の青年は終始感情を表に出さない。衝動殺人以外手荒なことは一切しない大人しい青年である。が、今では殺人を犯したあの日以前のように自分を迎えてくれる人間は佐知子以外にいない。もちろん家族も保護士の先生(清水大敬が大御所振りを…)も何も気兼ねすることはない新しい居場所を自分のために作ってはくれる。だがその陰で父親が何度も自殺しかけていたことも知らされた青年はやはりとまどう。本当に何もかも忘れてあの日曜日と変らない心持ちに帰してくれるのは唯一佐知子だけである。
 そして佐知子とは青年のことをヒマで少し変った銀行員だと何となく覚えていた通りすがりの無邪気な娼婦でしかないのだ。「走れメロスみたいなのやろうかと何となく」考えて書いたと岩松了はおぼろ気に語っていたが。あの日の約束通り己の運命をいたずらしたその人物が現れるかどうかをドラマの柱に何となくということか。
 私はアルコールと睡眠薬による事故死で世を去った林由美香が佐知子役を余り気に入っていなかったという話にヒクッとなった。どんな負い目を持つ男でも懐中は空っ欠で何も言わず全身で迎える伴侶役なぞは本来鳥肌物だったのかと今更だが。