新人類皆英知出版世代である

4月20日、銀座シネパトスにて滝田洋二郎監督作品『愛しのハーフ・ムーン』(89年にっかつ)を観る。原作、原田美枝子。脚本、斎藤博。公開当時のワイドショー周辺の扱いとしてはアイドル歌手だった伊藤麻衣子が体当たりの濡れ場に挑んだソフトポルノといった風であったが。
主演の伊藤麻衣子の相手役が石黒賢である。当時この類のドラマでは取って付けたようにカラミ相手に選出されていたが本作でも果報者である。何となく大事な商品である女優たちを安心してカラミ合わせられる毛並みのの良さが幸いしていたのだろうか。石黒賢は本作では伊藤麻衣子のフィアンセである。その上、伊藤麻衣子の姉である堀江しのぶとうっかり関係してしまうといった役どころ。こういう虫の良すぎる男を演じても嫌味がなかった石黒賢のキャラクターは貴重だったのかもしれない。
妹とは正反対の遊び人役の堀江しのぶも良い。本作が今頃再上映されたのは勿論『おくりびと』で世界的注目を浴びた滝田洋二郎監督のこれまでを振り返る目的なのだろうが。たぶん会場に何処からか集った4〜5人の中年男性客のほとんどは滝田洋二郎はともかく堀江しのぶを回顧する目的でやって来たのだろう。数少ない出演作の中でいちばん堀江しのぶの魅力が活かされているのが実は本作なのだ。
妹のフィアンセを誘惑して関係してしまう遊び人の堀江しのぶにこっそり結婚を迫る中年の恋人がいたりするのも当時はドギツイと思ったが今はフツウかと。石黒賢の親友役の嶋大輔がラブホテルを経営する親のスネをかじってやはりフラフラ遊んでいるのだがそんな男を「玉の輿に乗れそう」などと追いかける女がいることも当時はどうかと思ったが今はフツウかとも。
大体において時代が追いついてしまうのはそんなダークなところだけ。本作の持つ甘くささやかだが貧乏臭いっちゃ貧乏臭い映像詩は今はもう生まれてこないだろう。滝田洋二郎監督に初期のコメディポルノや『木村家の人々』のようなメジャー向け喜劇をふたたびリクエストしても案外あっさり撮ってしまうかもしれない。だが、『愛しのハーフ・ムーン』のような作品をもう一度という注文にはおそらくお手上げだろう。
ふぞろいの林檎たち』のさらにワンランク下の青春群像を描いた本作にはもう二度と戻ってこない時代の空気がある。こっちの方がナマい私の青春の一本ですと言うのは正直恥ずかしいのだが。おそらくはこの日会場に集ったボンクラ中年たちにとってもそうだったのではないか。青春とは決して大きな声で蒸し返したり愛でたりできるものではないのであって。