まずおどろいたのが出演者全員の粗暴

6月4日、寺山修司ラジオドラマCD『いつも裏口で歌った』(05年キングレコード)を聴く。1961年、ニッポン放送『ラジオ劇場』にてオンエアーされた30分のラジオドラマをCD化したもの。ディレクターは当時ニッポン放送の社員だった倉本聰で解説文も寄せている。本作は当時としては画期的だったぶっつけ本番の街頭ロケによる即興劇。クリーニング屋の店員、信ちゃんと床屋の女店員、ヨシコちゃんは共に住み込みで働く貧しいカップル。月に一度だけ重なる休日を二人合わせて計八百円の所持金でデートを楽しむという設定で自由なやりとりが続く。このカップルを当時まだ結婚前だった寺山修司九條今日子が演じる。没後発表された寺山修司のヒストリー本の中でも重要なエピソードとして何度も登場するこの幻の作品に触れるのは初めて。まずおどろいたのが出演者全員の粗暴な語り口だが六〇年安保の翌年という時期を考えれば誰しもまだ殺気立っていたのは無理からぬことか。特別出演にクレジットされている谷川俊太郎山本直純にしてからがようよう、やいこらなどと街のごろつきを今では信じられない凶悪ぶりで演じている。主人公のカップルは上野駅で待ち合わせて浅草隅田川からダルマ船をハイクして精一杯ロマンチックに日没までの遊覧旅行を楽しむ。「止まらない電車があったらいいだろうね」と信ちゃんはわが恋人に詩的に語りかける。九州まで行っても沖縄まで行っても止まらない、香港まで行ってもハワイまで行ってもまだ止まらない電車をダルマ船の上で夢想する貧しいカップルのささやきあい。「永久に止まらないのさ」と新聞拡張団のように油断できない粗暴な声で精一杯ロマンチックにささやきかける信ちゃんは粗暴だがどこかいたいたしい。六〇年代初めの日本中にいた「学校出てみりゃただの人」とまだ寸分違わぬ寺山修司がそこにいる。浅草で手相を診てもらったり不良にからまれたりしたあと夕暮れの公園でラブシーンを演じた若き寺山修司はやおら「何だか元気が出てきた」と奮い立つ。「ここから階段まで(海岸までか?)走ろうよ」と二人で息をはずませ走るラストシーン。ここでテープがよれ始めて二人の声がお互い年齢性別不明なくらいに聞き取れなくなる。この部分だけが修復しきれないほど劣化していた、ただそれだけのことかもしれないが私の涙腺はこのヒスノイズに反応していた。「止まらない電車があったらいいだろうね」という信ちゃんの台詞はその後四十余年もかけて完成したこの「ラストシーン」への重要な伏線だったのだ。