エロ本坊っちゃまが昔居たんである

 戸川昌士著「助盤小僧」(太田出版)は“懐かしのエロでございます”のキャッチコピーどおり主に昭和50年代中心の成人映画、成人雑誌からとっておきのエロビジュアルを並べた楽しい本である。古物屋の主人である著者が仕入れたてのレアなエロ物資を愛でながら、とことん個人的なイカ臭い思春期の思い出話にふけっている内容なのだがこれが良いんである。

 他人のその類の話にどっぷり共感できるのは男だけかと思ったら、著者の元には谷ナオミファンの81年生まれの女のコからコラムに対する厳しいツッコミが届いたりするらしい。割と最近の週刊誌の記事にも日活ロマンポルノの特集を渋谷の映画館が組んだが意外にも若年層の女性客で大入りだったというのがあった。懐かしのエロに今のギャルが注目し始めたようだ。私もすぐに触発されてパルコの古本市など出かけてみたがまだそうした人目につく場所で懐かしのエロを食いあさっているギャルは目撃できなかった。

 ところで私がリアルタイムで懐かしのエロに触れていた頃私はまだ少年である。小学校の高学年に同級生の家をたまり場にして皆で映画の友や平凡パンチのグラビアに車座でチンピクしていたのである。そのエロ物資はその家の主かはたまた大学生になるお兄ちゃんの所持品だった。

 持ち主の留守を見計らって私たちを花園へと招きいれてくれたその級友に当時は皆頭が上がらなかった。が、家には豊富なエロ物資がてんこ盛りという事実を除けばその級友は好人物でも何でもなかったと思う。勉強もスポーツも中の下でケンカの実力など下の下に値するその級友が、唯一人をひきつけてやまぬのがエロ本の山を私たちに開放してくれるという今にすれば情けない手段で点数を稼いでたのである。いわばエロ本坊っちゃまである。

 私達はこの素晴らしい花園をいつまでも末永く共有できることを祈って日々集っていたのである。その為にエロ本坊っちゃまからの細かいマナー指示にも注意深く従ったものだ。本の並び方がわからなくなるほど抜きあさるなという事。一見ランダムに見えて所持者ひとりが納得している順列があるのだとエロ本坊っちゃまに説かれるとなるほどと感心したものである。誤ってグラビアを破損したり汚したりした場合速やかに申し出る事。何らかの対処の仕方が必ずある。絶対に自分一人の判断で勝手なフォローなどするなという事。それが却って取り返しのつかないトラブルを生みかねないという事を私達はまるで化学の劇薬実験に立ち会うようにして静かに聞いていた。大人になってしまった今の私にはもうあの花園にいる感覚は二度と味わえないのだろう。

 『助盤小僧』の著者である戸川昌士氏は関西でセコハンショップを経営されている。コラムニストとしての出発点は店のお客さん向けのフリーペーパーからだというから私にはなんだかやる気のわいてくる話だ。氏にはまだ20歳前の娘さんがいるとかで父親としての立場とエロなライターで有名になっちゃった古物屋の親父としての立場をどうバランスをとっているかが気になる所だ。そう言えば家主のエイチもまだ義務教育課程前の男子が居る。彼もいつかは生家が古本屋だったばかりにエロ本坊っちゃまに祭り上げられる日がくるかも知れない。友だちは選びなさいと思う。が、エロ本がきっかけで出会った生涯の友なんてのもある訳だし人並みのチンピクな体をくれた両親に感謝しなさいと一言だけ。私からの「ヘイ・ジュード」である。