家を捨てたんじゃ無かったんである

 言ってみりゃ街頭ミュージシャンか。日計30名寂の訪問客相手にこうして一年雑文を書き殴り続けてきた自分をそのように今振り返っている。一年も続けた割りに社長と名のつく人物にやるじゃないかと肩を叩かれ瞬く間に急上昇などと予感される場面はただの一度も無かった。もしかして日計30名弱のアクセスとやらも猫の悪戯か何かじゃねえのくらいは内心思う。まあその通りだとしても一年間のお膳立てをしてくれた家主のエイチ夫妻に感謝します。勿論訪問客の皆様にも、イタズラ好きの仔猫ちゃん達にも改めてお礼を申しあげます。色々ありがとうよ。で、来年からはリニューアルオープンと言うこともなくこのまま惰性でずるずると夏くらいまで続けようかと。続いていくのかなと。

 どうも小泉改革の変なアオリで今年は変える、俺が変えると息巻く管理職者が大量発生した年であった。くっだらないところまで改革し倒しやっと気が済んでくれてば良いのだが。自分とほぼ同世代の男が内閣総理大臣になるまで生きてみないとわからないことかもしれない。それでもいざその時が来たとして俺もこうしちゃいられねえなか何か怒り肩で職場に駆け込んだりは人間として絶対したくないものだ。わからないけれど。

 ところで年頭の誓いなどというものは大概年の暮れにはすっかり忘れてるのが相場である。私が当コラムを開始した際には藤原新也山崎ハコを心の師として……などと言い放っている。藤原新也に関してはスナップ写真に雑文を抱き合わせて発表するという形式を目指すということだろう。じゃあ山崎ハコには何を学ぶつもりだったのだろう。今ではすっかり忘れている。何だかんだいって元気そうじゃないか。プアなウェット感は演出家。ねぇ、作り?か何か小突かれてみたかったのか。現実には今までもこれからも私の生活はプアでウェットである。十七才の山崎ハコが背後でコップ酒をあおっていても違和感のない下宿暮らしにゴールは見えない。しかしゴールが見えた後もプアでウェットな外面は変えまい。変えられないと思うのだ。今現在プアでウェットな私はその湿り気満点ぶりを買われて世の中を渡っていくだろうから。渡っていけるとすれば。渡っていけなければ当然今のままである。問題はあの人の貧乏臭くて性格的に暗いところがたまらなく好きなどと世間にレッテルを貼られてしまった後である。共同募金に参加するように人々が払ってくれた金でまさかベンツには乗れない。それ本当に走らせていいのかと思わせる年代もののルーチェかサバンナがいいところだろう。夜はもっぱら銀座ですわとうそぶいて見せてもあの人の言ってるのは戸越銀座だからと失笑を買ってなんぼの立場である。やはりストリート派はつらい。街っ子は本気で街を嫌うと大変な目に逢うのだ。○○町は人間様の住む所じゃねえよなどと区役所の便所の落書きのようなことを土地のスターが公言したらパニックである。けれどそうした人物は多かれ少なかれそのようなムシャクシャした想いを土台に成り上がっているのだ。私などは地元出身の有名人にわが町の悪口、民度の低さを公言してもらいたいが。もしかしたら「成りあがり」の永ちゃんのように生まれ育ったわが町にヘリコプターから小便かけてやるわなどと。そんな仕事をいつかモノにしたい一心で今もこうして机に向かっているのかも知れない。小便には自信があるとだけ今は言い残す。

 古本屋のホームページに座を借りたコラムなので最後くらいは古本のレビューをと思ったのだが、枚数がつきたようだ。枚数など制限されてないが気持ち的に。本文は78年に講談社から出版された山崎ハコのフォト&エッセイ本「真夜中に太陽が見たい」のレビューである。気持ち的に。山崎ハコは今年主だった活動をしたのだろうか。心の師とか何とか言って全くチェックしていなかったのだ旧譜ばかり思い出したように聴いて。今後はどうなるのだろう山崎ハコは。何となくアグネス・チャンとお友だちといったところがネックになる気がする。プアでウェットな女性像が大受けしそうな空気が大陸にはあるのではないか。その割りに街も人もえげつないほどアメリカナイズしていくがスター像とはそんなものである。今はもう何処かに消えつつある理想的人間像。で、話が戻るけど小泉好き隠せない今時の中高年の息切れが心配である。ランバタブームの後の空しさが再び繰り返されるのかと。