ライスカレーお母ちゃん抜きである

 別にオセンチな心持ちでもなくただ何となく学生時代の写真なんぞツラツラながめてみる。二十歳前の私は今より少しふっくらしている。自分に対してふっくらなどと表現するとうぬぼれ屋かお姉ェみたいだが、その中間くらいと思っていただきたい。ジュゴンちゃんと思っていただきたい。中間じゃないけど。そのくらい当時は肉丸君であった私に対して15年来の連れである家主エイチは昔も今もひょろっとしている。細いとかタイトとかではなくひょろっとしている。うらなり君と当時は心の中で叫んでいました。

 うらなり君とその頃東京のあちこちをおりこうさんカメラ持参で歩き回ったものである。写真時代のアラーキーやマシンガンの教えに感化されての愚行であったか。しかし道行く女のコに交渉してホテルで大ネタ撮影に挑む気力など無くもっぱらお互いをモデルに青春のポートレートをパシャパシャと。今見ると案外失われつつある東京原風景が残ってたりして貴重かと思ったが全然貴重じゃない。そういう場所まで踏み込んでない。何かやってもダメだこんな奴らと他人事のように苛々。

 唯一つ歴史っちゅか風俗史的分野に食い込めてるかも知れぬ一枚がある。高田馬場の裏町で撮ったらしいものでムードサロンベルバラ明朗会計8時まで千円という看板の店の前に私が立っている。86年11月30日の日付がある。ムードサロンとは社交サロンのことか。千円でコンパニオン付きで飲み放題ならやはり安いのだろう。そのコンパニオンにはどこまで有りなのか。ムードサロンだからあくまでムードを楽しむものなのか。しかし看板にはパーフェクトメニュー完全前金とある。パーフェクトでどうぞということであればこれはピンサロに近い風俗店なのか。80年代末の東京は高田馬場では小一枚でパーフェクトだったのか。それにしても我ながら若い。似合ってるねえジーンズメイトで上から下までキメてからに。坂本龍一カット。で、そうしたたわむれ撮影の合間に飯にするとなるとエイチは決まってカレーライスを勧めた。疲れたらカレーライス。ライスカレーなんだと。街のおそば屋さんや大衆中華のあのライスカレー。80年代末だって若者向きのオシャレ街には本格エスニック料理を安く食べられる店はあったのにお互いそういう所には足を踏み入れようとしない。お互いジーンズメイトであった。あの頃二人でライスカレーをかっ込みながら大真面目に激論していた映画の話、演劇界のこれからなどの録音テープがあったら聞いてみたい。こいつら今何やってんだと。お母ちゃんはいるんか全くと。居たり居なかったり。