大人の階段はまず下るんである

 新文芸座があるってことは旧文芸座もあったのかしら。などと考えている今時の大学生もいるんじゃないか。前の文芸座が閉館してから新文芸座が建つまでの間は田舎の中高生だった世代の明大生。別に明大生じゃなくてもいいが。映画好きの今時のそんな学生達は新文芸座をひいきにしつつも旧文芸座に実態の無い変なノスタルジーを持ったりしないだろうか。旧文芸座や改装前の早稲田松竹ジオラマとか作れば売れそうだ。映画館の中で友だちとくつろいでいるところを記念に撮っておきなさい君たち。私のそうしたのらくらスナップ写真の中で今は無き旧文芸座の写っているのはほんの数点である。何故かどれも出入口付近でポスターをちょろちょろながめている後姿ばかり。で、そのポスターはほとんどロマンポルノである。多分同行していたエイチが面白がって後ろからシャッターを切ったのだ。別にロマンポルノ特集しかチェックしてなかった訳じゃないのに。

 が、文芸座2でのロマンポルノ特集の力の入りようはスゴかった。一番印象に残っているのは87年、88年くらいのとある冬の夜。東京は大雪だったのである。その夜私は数日前からスタートしてた文地下のロマンポルノ特集がもしもこんな大雪の中でもガンガン盛り上がってたら笑っちゃうけどなか何か思いつつ夜学の帰りに足を伸ばしてみたんである。文地下のあの長い長い階段の前はもう雪かきされていた。券売機にはお席に余裕がございますとか何とかこれは八割強の観客が入場している場合の断り状が下がっていた。もしやと私は階段を駆け下りた。ルパン鈴木が撮影に使用した衣装や小道具などを舞台上でバナナの叩き売り調にオークションしていた。そんなルパン鈴木もやはり当時の芸人だなあと今にすれば思う。が、観客もまた80年代のムサイ大学生たちである。ルパンの売り声に手を上げ声を張り上げて「買ったァ!」「降りたァ!」「降りた時は黙ってろよ、雰囲気悪くなんだろ?!」などとルパンに怒られながらも威勢良くオークションに参加していた。今時の大学生が今時のピンク女優の使用済下着などに目の色変えて飛びつくだろうか。あの頃ボクらはアホだったんだろうか。何となく昔の戦記ものの映画の中で慰安に来たショーガールを迎える明日をも知れぬ兵隊さんさながらであった。それも決して「地獄の黙示録」のプレイガールと米軍兵達のこぜり合いのようなものではない。明らかに「カルメン故郷に帰る」の世界に近い土着的熱気であった。あの熱気は。別にもう戻ってこなくてもいいだろう。あの熱気は忘れるほうが思いやりかと。