偉い人は一目見りゃわかるんである

 岩波ホールに「美しい夏キリシマ」を観に行った時のこと。そろそろ上映開始という時になって支配人と名乗る男性がマイクを握ってあいさつを始めた。ひょっとしてフィルムに何かトラブルがと思えばそうではなくて黒木和雄監督がブラリと来館するという嬉しいハプニングが。映画を観に来た人々に一言コメントしたいとのことでマイクを握り語り始めた。戦争体験を映画にするのをためらっていたのは少年時代に親友が目の前で瀕死の状態にあるのを恐怖から見捨てて防空壕の中で震えていた自分を恥じているからですといった内容の話であった。今夏公開予定の「父と暮らせば」も昭和20年の広島が舞台である。何となく自身の中にあるそうした後ろめたさと反比例して戦記ものの仕事が続々と舞い込んで今後は反戦映画の巨匠的なポジションに固定されてしまうのではといった懸念からだろうか。同窓生達と酒を飲むとやはりあの時代の話になり、映画屋なんだからお前が映画にして残さなきゃとせっつかれてずっと弱っていた話も。等身大のスケールでしか戦争を伝えたくないというのは「TOMORROW/明日」にも「美しい夏キリシマ」にも一貫していると感じる。何がどうなっているのか、何がどうなっているのかもわからないのかそれらは全て庶民の話し言葉で伝える。教科書的な説明書きや語りをできるだけ使わないということ。そうしたスタイルを余り潔いとも誠実とも受けとってくれるなと監督は話しておきたかったのではないか。負傷した友だちを見捨てて防空壕で震えていた自分は主人公の康夫少年と重なる。重なるけれど死なせてしまった友だちの妹に恨まれ悩み果て最後は米兵達に竹やりで突入するが吹っ飛ばされるのは映画の中の康夫少年だけ。本当の私といえばといった打ち明け話をたまたま劇場に集った人々にはしたかったのではないか。制作や出演者、協力者の前でそんな話をしたら泣き言かと受け取られかねないからだ。

 ところでこの嬉しいハプニングから私はふと亀有名画座のとある日を思い出していた。映写事故があり今井支配人自らがスウェットにチャンチャンコ姿でスクリーン中央に駆けつけたのだ。ペコリとおじぎをするとフィルムにトラブルが発生して今手直ししている最中なのだが、古い作品であり上映開始後も余り良い状態では観せられそうもない。もしもこれから残りのフィルムを回されても観る気がしないという方があれば料金は返金させていただくので何なりとといった内容のコメントを、マイク無しメガホンすら無しの肉声でおろおろしつつ発表して再び映写室に駆け戻っていったのだ。映画館の支配人という職業が眩しく思えた唯一のときであった。私にとって私の人生を変えた映画は数え上げればキリがないのかもしれないが人生を変えた舞台あいさつはあの時だけである。