始まりは大きなお世話である

 池袋シネマサンシャインにて望月太郎監督作品「かまち」を観る。山田かまち役にはダンスユニット、Leadの谷内伸也が選ばれた。選ばれたのか。逆に谷内伸也の顔と名前を売る為に山田かまちの「伝説」が選ばれたのではないか。私は山田かまちの詩と水彩画のファンであるが、谷内伸也に関しては十代に人気のあるジャニーズ系のアイドルなのかくらいの意識しかなかった。そういう人間が山田かまちが映画になったかなどと期待に胸ふくらませ本作を観ると恐らくゲンナリするだろう。会場にもそれらしき青年が最前列に陣取っていて上映開始後もおしゃべりを止めぬジャニーズファンの女子高生らに静にしろよなどと怒鳴りつける場面もあった。が、彼も恐らく映画の内容にゲンナリきた事だろう。本作は60年代のビートルズ映画同様に十代の女の娘がスクリーンに向かってキャーキャー騒ぎながら観る為のものといったほうがさっぱりする映画なのだ。

 山田かまちの青春像に触れているのはしかも全体の半分か下手すりゃ三分の一くらいかもしれない。谷内伸也のスケジュールが充分に確保出来なかったのか。芝居は持たない。ハッキリ言って。その分かまちの詩を画面に泳がせたりして何とか持たせようとしているのだが。棒読み台詞のかまちは映画の半ばで雲隠れしてしまう。代わりにかまちの以前のガールフレンドで現在は高崎に戻って進学塾の講師をしている中年女性が登場する。演ずるのは檀ふみである。人気アイドルの抜けた穴をもう何年も女優としての顔は見せていない檀ふみにフォローできるか。できません。エッセイストの顔になってしまっている。が、それでも必死に映画を引っ張って行く姿には変にグッときてしまった。変な泣かせ方しないように。

 檀ふみが現在の病める精神を持つ若者と真っ向からぶつかり合うやらせドキュメンタリーというのが本作の中味で山田かまちはパッケージと言ったところか。それでも谷内伸也は中々にたくましくてセクシーなのでかまち役には申し分ない。若き日の氷室京介との交流や予備校で知り合った女の娘にまいってピュアっちゃピュアだがバカ丸出しのかまち流アタックに挑む場面などが楽しい。かまちファンなら誰でも知ってるベタなエピソードばかりでもこうして映像化されるとついつい胸躍ってしまうのだ。「バックビート」に腹を立てるビートルマニアもそういなかったように。結構いたのかもしれないが。いなかったことになっちゃうの。映画の「かまち」残りますよ。私は私のかまちをワールドナンバーワンにせねば。