思い出位はお金で買いたいんである

 エイチはまた温泉にでもと誘ってはくれるが私は飽きてきました。温泉に飽きたというよりも旅に飽きました。飽きたのではなく本当に素晴らしい景色にまだ触れたことが無いのだよそれはと言われればそうかもしれませんが、ねえ。大体あの旅というものがフルオートフォーカスのカメラのレンズのごとく何時何処にピントが合うかわからないところが嫌ですね。言ってる意味わかります?ってフックを自分よりバカで育ちの悪そうな相手に投げかけられると内心ムカッと来るでしょう。でも大概そんな人間とはバカで育ちの悪いものだから日々は腐る。腐りますとも。ロトン。私の言う旅のピントとは思い出のことなのだけど。じゃあ思い出って書けばいいのだろうけど。いい歳した男がそんなこと改まって旅の思い出の話をしてもいいかい。思い出について語りたいんだなどとつぶやき出したら誰だって逃げ出すだろう。当然だわな右手にパンジーまで握りしめてりゃ。水仙でも効果は同じだわな。旅の思い出の話をそれでも続けるよ。

 前々回だかエイチの車で温泉旅行に行ったときもそうだ。その旅の中で唯一記憶に鮮明に残っている場面がある。それは昭和40年代で時間の止まったような山村の役場近くを走る車の中で昼のAMラジオから流れるザ・スパイダースの「あの時君は若かった」に耳を傾けていたあの時である。他の出来事はほとんど覚えていない。つまりわざわざお金を払ってもらいながら味わった宿の食事や湯のつかり心地や宿の人々の親切ぶりなどすっかり記憶にない。何だかいいものだったなあと辛うじて思い出すのが「あの時君は若かった」を車中でボンヤリ聴いていたあの時なのだ。そんなタダみたいな情景を与えるつもりはエイチにはなかったはずである。最高の宿だった。お湯も魚の旨さも一生忘れられないいい思い出だったよ。ありがとう。やっぱり友達なんだなくらいは歌えなくもない。アングラ役者のなれの果てにはそのくらいできる。できる事だよ、それは。やらんけど。

 とにかく私の性格上の問題なのだろうけどイベントに参加した時点でメインよりスカの部分に焦点を当ててしまうことは目に見えている。だから何だっていう部分しか心開きませんから。だからいっそのことはじめから誘って欲しくないというのが正直な所なのである。けれどいつかは紀行文など書かせてもらいたい気もする。パプアニューギニアにて出版社の金を湯水のごとく消費したあとに帰りのドライブインの麦茶が美味しゅうございました。感動をありがとう、ドライブイン飛鳥の皆様か何か。スカッとするのは私。