あの日の少年は見つからないんである

 3月28日、秋葉原に向かい交通博物館に別れを告げに。が、出入口でチケットを切っている係員のお姉さんの声がややヒステリックで半ギレなのが気にかかる。もしやと思い館内に足を踏み入れる。やはり東京の真ん中にある85年もの歴史を持つミュージアムの幕切れをしかと見届けたい人々は大勢いたんですね。はっきり言って超満員のイモ洗い状態。平日の昼でこれでは週末にはあのお姉さんも泡を吹いているかも知れない。
 そんなものだから私も展示物をゆっくりながめる気力も失せてしまいただダラダラと人の流れに身をゆだねてねり歩く他になく心は暗いのだった。もう展示の方はあきらめて当館名物のあの食堂車スタイルのレストランでせめて昼食をと思ったがここも満員。階段に腰かけてオリジナルのチキン弁当のような物を食べている小学生らを見つけてじゃあ私もそれをいただこうかと売り場に向えばここも満員。売り子のお姉さんの傘地蔵のような冷笑ぶりが極めて不安定な精神状態を表している。下手に弁当も頼めない。もう帰ろう。閉館は今年の5月14日だからまた今度日を選んでゆっくり観よ。また少年時代を思い出してあの食堂車スタイルのレストランでカレーライスでも。んなこと思いつつあっさり外に出てしまった私だが。
 思えば3月の終りにこの盛況ぶりであれば4月、5月はさらにものすごいことになっているのではないか。イモ洗い状態の館内で今もイモになってしぶとく展示を観ている人々はそれを知ってがんばっているのではないか。私は己の浅見を悔んだがもう遅い。ろくすっぽ見学できなかった貴重な展示物とも多分これでお別れである。アデュー少年の日。しかしこれから閉館まであのような状況下で歯を食いしばって働くしかない関係者の人々には深く同情します。ちゅな訳でさよなら交通博物館特別展示レポートを中途半端極まる形でここに終ります。ありがとうございました。
 ところで久々に歩いた秋葉原の街はもう何と言うか治外法権というかボーダーレスというか街並みをデザインする有力者たちがそもそも筋金入りのオタクなのではなかろうか。オタクに好き勝手させるといずれ日本中が秋葉原になる。それだけは予測がつく。その事態を避けるにはどうすれば良いのか。こればかりはあまり知恵が働かないような。オタクが鼠なら猫はは何ぞという点がはっきりしないところがどうも。
 オタクの反対は大人の女性と大人の恋愛ができる大人の男子とは言えない。男らしくて格好良い。それではオタクに商品化され消費されてしまうのである。秋葉原に恐怖の大王をなにとぞ。