貴女の過去など知りたくないんである

 6月20日、ラピュタ阿佐ヶ谷にてモーニングショーを観る。桑野みゆきスペシャルの第五弾、『その口紅が憎い』(65年松竹)である。主演・内田良平。悪役スターのイメージが強い内田良平が出ずっぱりの本作は、全体にただれた黒社会を突っ込み描いた野心作だ。 三流新聞社の社長を演じる内田良平のサギ、ゆすりまがいの荒っぽい広告取りは不良編集者時代の色川武大なぞ連想させる。オレンジ色の憎い奴か。ダスターコートの襟をピンコ立ちさせて深夜のバーでカクテルグラスを苦々しく傾けるニヒル極まる男。が、はっきり言ってそんな男のニヒル振りを92分間も押しまくられるのはシンドイ。宿酔いも手伝って途中、二十分ばかり居眠りしてしまった。
 チョイ役でホテルのボーイを演じる若き藤岡弘は観られてよかった。ガチガチにあがった台詞回しにクスクス笑う観客も。藤岡弘も松竹から離れなかったらどうなっていたのか。案外中年期までも鳴かず飛ばずで『男はつらいよ』の労働者諸君のガヤに埋れていたり。
 さて肝心の桑野みゆきだが、本作では巨悪になびき寝返り一発食おうとするしたたかな悪女という役どころ。それなりに様になっているが個人的には庶民的なキャラクターの桑野みゆきの方が。今回の特集で観た『明日をつくる少女』(58年松竹)のハモニカ工場の女工の様な。「あったかいおうどんに卵を入れると何だかそれだけで幸せになっちゃう」様な少女役の方が個人的には。さほど長くないキャリアの中で、随分チャレンジを繰り返してきた女優さんだと思うが個人的にはそのままでよかったのにと。
 勝手なことばかり言いつつも、桑野みゆきがスターだった時代を私は全く覚えてないし初期の作品においてはまだ生れてもいないのだが。生れていたら嫌でも見透けてしまう何かから逃れられるだけ幸せか知ら。例えば『カナダからの手紙』を歌っていた頃の畑中葉子に小学生だった私は不良性感度を全く感じなかった。今は絵に描いた様なド不良顔でこういう女と道ですれ違う時は気を付けた方がいいと思う。うっかりするとあいさつはどうしたとかちょっとその場でピョンピョンはねてみとか言われかねないそういう顔だと思う。
 それと同じことが当時の若者たちの間で桑野みゆきに対してささやかれていたのかも知れないのである。その時代の典型的なド不良顔というものは世代が離れてしまうとよくわからない。V9時代の巨人のレギュラー陣など私世代には皆、気のいいおじさんにしか見えない。本当は悪い人たちなのに。桑野みゆきがあの時代の典型的不良娘か否かは私の中で灰色。