恐るべきは今も現場監督である

11月19日、テアトル新宿にて「若山富三郎×勝新太郎の軌跡」、『御用牙』(72年東宝)を観る。つい先だって書店に平積みされていた松田優作の未公開写真集の中にパーティで勝新にキスされている優作のショットがあった。同時に勝新が実母の葬儀を終えた時の取材に「俺を産んでくれた所にキスしてやったよ」とコメントしていたことを思い出した。そうしたサービスを常に忘れない人物だった勝新の最もトゥーマッチなやり過ぎ振りが観れるのがこの『御用牙』シリーズかとも思う。
主人公、かみそり半蔵が風呂場で性器を角材でビシビシ叩いたり米俵の中にズボズボ闖入させるシーンにもし当時小学生の私が出会っていたら。一体そんなことをして何になるのだろうとは思っただろう。そして何だかわからないけどそれがイヤラシイ世界に通じる行為だとも。小学生にはまだ何がなんだかよくわからないが何やらイヤラシイ感覚だけは伝わるはずの本作はやはりというか青年劇画誌から誕生した。
昭和40年代の小学生が兄貴のベッドの下から通学路の途中のゴミ置場の中からある時フト見つけだしてしまう漫画アクションリイドコミック。そんな大人の読む漫画の中の平均値やや下回る大人社会が108分のフィルムの中に息づいている感。朝丘雪路渥美マリが演ずるのは勝新演ずるかみそり半蔵のいわば政敵にあたるキャラであるがすぐに味方というか出世の道具のようにされてしまう。どうやって?無論、男の武器によってである。底なしの精力でヘトヘトになるまでファックされてしまうと女はもう逃げられなくなって絶対服従というのは暴力団が女を商品化する際の段取りであるが。
72年当時に本作に触れた観客がこういうことは現実にあるわなと眉をひそめていたかというと。そんなことは全然ないと思う。できれば朝丘雪路渥美マリのような女を自身も男の武器で出世の道具に仕立てたいと願っていたはずである。70年代初頭とはそんな時代だったと子供ごころに記憶しているのだが。昨今グラビアアイドル小向美奈子のぶっちゃけ記事を読んで今もほぼそんな時代なのかとも。数カ月前に本人もうまったくやる気ないしいい歳の女を現場まで引きずり回すわけにもいかないのでクビ切りましたわ風の解職記事がスポーツ紙に出ていた時は小向けっこう不良だったんだと納得してしまっていた私だが。が、舞台裏は『御用牙』の世界だったかと今ごろ気づいたところでどうすればよいのだろう。どんな晴れ舞台にも決して表出しないもう一つの「現場」がある。あると思って今一度向き直るのは現在よりは過去が。