一億総荷風化ならば国外逃亡である

3月26日、神保町シアターにて「浪花の映画の物語」『女系家族』(63年大映)を観る。監督、三隅研次。主演、京マチ子。個人商店ながらも代々続いた大店の主人が急死したことから始まる三姉妹と愛人たちの遺産争いがおおまかなストーリーだが。上映時間1時間51分がただのホームドラマとは信じられない濃厚でスリリングな「滅法おもしろい傑作」であった。
長女である京マチ子は戦前からの常識通り自身が遺産の大半を相続できるつもりでいたが。中年になっても独身で家業には直接タッチしていない分だけ立場は弱い。婿養子であり実質的経営者である夫を持つ次女とまだ嫁入り前だが資産管理に詳しい小母とがっちり組んでいる三女の方が有利であった。その上ニマジメ一筋のはずの亡父が外につくっていた若尾文子演じる芸者の愛人が登場し事態はいよいよ骨肉化するのだが。
君島ブランド騒動の頃は報道を見ても今時誰も買い求めないかつての人気ブランドの看板をあれほど骨肉化してうばい合うのが私なぞには理解できなかったが。本作を観てなるほどと思った。本作に出てくる大店も時代の波にはとうに流されかけている。が、歴代の店主が守り育て続けた土地、借家、骨董を現金化したならばそれは東京オリンピック以前のこの時代で「ざっと一億」なのであった。現在ちまたをウロチョロと散策しているとボロボロだった個人商店がどこにそんな金力があったのかと疑うほどの大リニューアル展開をしていたりするがそれも本作を観てなるほどと思った。感心ばかりしてないで私もそうしたお家騒動の勝ち残りになってみたいような。
さて、6・4で負け気味だった長女、京マチ子に強力な助っ人が現れる。田宮二郎演じる踊りの師匠である。自身の舞踊教室を株式会社化したほどの近代派のやり手はほとんど当て書きではと思われるハマり役。「相手役」から脱却できないことに当時は悩んでいたと田宮二郎のヒストリー本で読んだが相手役も悪くないのにと私なぞは思ってしまった。濡れ場を演じる時でもやはりクールというか品格があるというか。男の私がそんな所を褒めるとそんな様なニュアンスで受け取られがちだが誰も褒めないようなので。
クールで品格ある田宮の男優振りと真逆なのが金八先生でブレイクする前の若き武田鉄矢だろう。『幸福の黄色いハンカチ』で桃井かおりに「オッパイだけ、ね」と男ならつい出そうなナマな台詞もおそらくアドリブでおそらく本気で興奮していただろう武田流のカラミはAV全盛の今では弱い立場か。クールの復活を祈りつつ本特集を追う。