ゲラゲラ45分と戦慄の75分である

6月17日、テアトル新宿にて『インスタント沼』を観る。監督・脚本 三木聡。前の週にテアトルを通りかかると立見の看板が出ていた水曜割引とはいえさしたるプロモーションもない小品のコメディ映画で立見とはと思い観ることに。ドラマ『時効警察』のブームをほとんど知らなかったので余計なにごとかとも。
オープニングの小ネタギャグのラッシュで何となく本作のノリはつかめたが。仕事と恋に行き詰まった麻生久美子演じるOLが松坂慶子演じる母親に生活上のグチをこぼす。と、母親はあんたは目に見えるものしか信じないからだめねとたしなめる。ホラ例えば今そこの庭先をカッパが歩いているでしょと母親が指差す先を「本物」のカッパが歩いている。が、それはそれとしてストーリーは展開していくというような。説明抜きの脱力不条理コントのリレーが120分これでもかと続く。
やがて麻生久美子の前に現れる行方不明の父親役が風間杜夫。そこに加わるパンク青年、加瀬亮との不条理トリオが出逢う数々の目に見えるものしか信じない者には理解できない奇蹟というかま、小ネタの連続。こういう喜劇を下北沢の小劇場以外のメジャー館で仕事帰りの普通のOL達がゲラゲラ笑って楽しんでいる現状と幸福実現党が次の選挙でいい線いってしまうかも知れぬ現状とではどちらが不安だろうか。どちらも不安なのではなかろうか。
オープニングのカッパギャグに似たワンシーンが80年代末に観た宮沢章夫の舞台にも確かあった。確かに笑ってしまった。「本物」のカッパが舞台をよぎったがそれが何かといったアプローチのどこが面白いのか。それを説明してくれなどとせがむ人間とは宮沢章夫の舞台を一緒に観に行くことは当時なかっただろう。が、今テアトルで『インスタント沼』を一緒にゲラゲラ笑って楽しんでいる観客の中には幸福実現党の支持者だっているかも知れない。本作のフライヤーには5月23日(土)幸せのロードショーとある。本作の制作に幸福実現党はいっちょがみかも知れない。いや今時こうしたナンセンス劇に金を湯水のごとく用意してくれる有力者が目に見えるものしか信じない大槻教授のようなただの堅物のわけがないかと。
だとすれば三木聡ワールドの背後にあるのは踊る宗教ならぬ笑う宗教なのでは。スクラップ屋敷化したアイディア商社主役の岩松了と大空魔竜が何の象徴かなどと考えるのも怖い。いや怖がってばかりもいられない。無論ゲラゲラ笑ってもいられない。「パンクなら常識やぶってごらんよ!」と叫ぶ麻生久美子の台詞だけが最後の下北魂なのではと。