悪魔のいけにえに単独立候補である

12月24日、池袋ミカド劇場にて雛形ひろ子嬢を観る。夕刊フジをチェックしたところ彼女は年末から年明けまで休みなく舞台に立つよう。後に本人に聞くと1月いっぱいまでスケジュールはうまっているとのこと。
舞台袖では相変わらず咳込んでいるし決して健康そうには見えないのだが。もう行けるところまで行くしかないよう。そうしたひたむきな姿勢からただようエレジーに反応してひろ子嬢のファン層は50代から70代くらいの男性が中心なのだが自身は若者客をいじっているときが一番いきいきとしている。
高校生くらいのおどおどしたデビュー客を見つけると必ず舞台に引っぱり上げて「オッパイ頭の上に乗っけてあげる」のだが。これまで大概の若者客は弱りつつも応じてきたがこの日はロリータ系のファンの男子しかいなくてツーショット撮りは断られてしまった。あわてて私が手を挙げ舞台に上がった。
お正月も仕事?私と同じだねえと笑いかける彼女には最近のバラエティ番組における岡本夏生のくたびれたオーラに近いものを感ず。年金生活者対応のマリリンというか。ステージの最中にハンカチを差し出してひろ子嬢の生汗をお持ち帰ろうとする年配客の姿に思えば遠くへ来たもんだと一人ごちる。
池袋ミカド劇場は都内に現存する数少ない貴重な昭和のヌード劇場なのだが。割と最近改装工事が入っていたはずなのに中に入ると充分ボロしぶい。田舎の中学の音楽室か聖堂といった感。壁に貼られた赤茶けたビラには外人白黒レズ天狗ありなどと昭和の面影がありありと。これははっきりとレトロ趣味で再プリントしたものを飾っているのだから内装もわざわざボロしぶ感覚でリフォームしたものかもしれない。
ま、嫌いじゃないんだがと幕間に近くのコンビニで入手した「かりあげクン笑って年越し編コレクション」を読もうとすると。隣の席の同年代の失業者風の男もまったく同じものを。脱力系昭和レトロなヌード劇場と「かりあげクン」には何か相通じるものがあるのかと。何だかんだと連載30周年を迎えてしまった「かりあげクン」の永続的ファンという人物にまだそう出逢ったことはないがいる所には必ずいるよう。この物好き感が池袋ミカド劇場と「かりあげクン」を結びつけたのかと。
浮き沈みの激しい業界にあって何となくプカプカと生き延びてきた「かりあげクン」とそのファンの珍妙な律義さ。それらは雛形ひろ子嬢のようなオールドスクールな踊り子にとっては頼みの綱のはずだが。ださださな笑いとくたびれたエロの二部編成というのは正しく昭和の劇場の王道である。王道は今自前で。