マークしてなくても入ってきた情報は

1月13日、園子温 著『非道に生きる』(朝日出版社)を読む。『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』と08年から本格的にメジャーデビューし立て続けにヒットを飛ばす映画監督、園子温の語り下しによる半自伝。愛知県豊川市の両親とも教師の家庭に生まれ育ち法政大学在学中に『俺は園子温だ!!』でぴあフィルムフェスティバルに入選したのが85年。私が園子温監督の名前を知ったのもこの時。90年発表の『自転車吐息』は劇場で観たような観なかったような。バブル期に洪水のごとく現れたインディーズ映画監督の一人としてしか記憶していなかった。子温というのも本名で当時人気のシンガーソングライターに引っかけたわけじゃないのだと今頃知らされた。前書きで今でも飲み屋で園子温ってどうなのと聞こえよがしにコキ下す酔客に出くわすから笑ってしまうというエピソードが語られているが。たぶん85年当時の園子温の周囲の反応も同様だったのだろう。90年の『自転車吐息』以来15年『耐えて我慢して生きた』園子温を私はほとんどノーマークだった。マークしてなくても入ってきた情報は『東京ガガガ』なる路上パフォーマンス。93年5月に渋谷駅前に20名ほどの若者が学生デモのごとく爆竹を鳴らし横断幕を広げ行進するのだ。が、横断幕にはただ東京ガガガと殴り書きしてあるだけ参加者はただ東京ガガガとわめき散らすだけ。まったく無内容なこの騒動を深夜テレビで知った私はなぜか自分もそこで生き恥を晒してるようでいたたまれなくなった。本書のイントロで学校嫌いの悪童時代には授業中にフルチンになるのが面白かったとあるが。『東京ガガガ』もそれに通じるものがあるような。学生デモを下敷きにした路上パフォーマンスを渋谷駅前でわざと無許可で捕まるまでという発想は当時珍しくなかった。それでもどこまで本気かわからない政治的、宗教的スローガンが申し訳程度に掲げられるでもなくただひたすら『東京ガガガ』とはまるで子供の砂遊び。それを実際捕まるまでやった園子温のフルチンぶりにいたたまれなくなったのだ。AV業界にも入りかけたがエロくない企画物を一本撮ってクビになったというのもうなずける。目の前で痴態を演じている者とそれを観ている自身のどちらが恥ずかしいのかわからなくなる感覚。その場にいたたまれなくなるような何か嫌なものが出会いがしらこちらにぶつかってくる感覚。街頭劇か、アングラかと今頃私は気づく。映画は巨大な質問状ですと語る園子温のダイナマイクをすり抜けるほど現在の私は老年でも幼年でもない。逃げ道なしか。