踊り子よりもまず番頭だ

3月2日、『つげ義春の蒸発旅日記 ディレクターズカット版』(12年ワイズ出版)を観る。監督、山田勇男。映画は03年に完成しその後劇場公開されたが本作はそれを監督自身が再編集しDVD化したもの。御座敷ストリッパー役で出演している藤野羽衣子は本職の踊り子で公開にあわせて荒木経惟撮り下しの写真集も出版された。そのロケ地が日頃私がブラつく大塚駅周辺だったので親近感がわき彼女のにわかファンになったのだ。が、舞台を観る機会もなく早々に引退してしまったらしい。本作で東京から山深いひなびた温泉宿に蒸発してきた漫画家は以前ファンレターをくれた若い看護婦を訪ねて結婚を申し込もうとする。行きの列車の中でしばし話し込んだ「何かもうどうでもよくなっちゃった」訳あり娘にも気持ちが傾きこの人に付いて行って別の生き方をするのもいいとも考える。相手は誰でもいいのだ。画面の片隅に度々登場する全裸の美少年と柱時計は寺山修司の幻想映画を連想させるし木村威夫の美術はハッキリそれを狙っているよう。だがそうしたレトロ観光地風のコンセプトの本作にゼロ年代の若者があっさり熱狂してしまうのは何やらふがいないような。結果さほど熱狂しなかったのはよかったような。いや、それらは私も何かもうどうでもよくなっていて私は藤野羽衣子に熱狂したかったのである。本作に姉さんストリッパー役で登場する清水ひとみは渋谷道頓堀劇場のエライひとなのでは。藤野羽衣子の売り出しにもいっちょがみだったのでは。劇場入口では番頭から今日は誰をご覧になどと問われもするがネット上には復帰を望む踊り子ランキングなども盛んなよう。私も投票しようかと思った。が、まだ一度も生の舞台を観ていない藤野羽衣子よりも義理のある踊り子は他にいるだろうとも。義理というかなじみというか。先だって訪れた池袋ミカド劇場の番頭に入りますか?ストリップ初めてで?などと問われた時はカクンときた。私の方はもうすっかり顔なじみのつもりでいたのだ。とんだ思い過ごしだった。ふがいない。踊り子よりもまず番頭だ。今日は誰をご覧にと問われたらまっすぐにその目を。「このまま君について行こうかな」とぼそりと。正直月に一度の劇場通いは逆ホームシックに悩む私には貴重な楽しみどころか立派な蒸発旅行である。であるがこちらの思い入れが強まるとこのまま君についていこうかなともたれかかりたくなる踊り子には出会えないよう。つまり拒否られている。誰も私なぞにはついてきてほしくないと。空気読めと。勉強して参ります。